今日は待ちに待った本命のバンドのワンマンライブが行われる日。
他のバンドのライブに行くときよりも早起きして、卸したての服に袖を通し、化粧もいつもの倍の時間をかけた。
ヘアメはサロンでしてもらうことにした。今までは自分でやってたけど、涼ちゃんがお金を横流ししてくれてるおかげでヘアメしてもらうくらいの余裕はある。涼ちゃんサマサマだな。
そんな感じで支度を終え、私はライブハウスのある渋谷へと向かった。
ライブハウス内はやっぱりバンギャルだらけで、一人参戦にちょっとドキドキしながらも物販でグッズを買う。
今回のグッズはハサミがモチーフらしい。いかにもバンギャルが好みそうなデザイン。かくいう私も中二が抜けきれてないのか心が踊る。
そして本命麺の赤司さまが嗜んでいるという将棋が、赤と黒というカラーになって数量限定販売されていた。
シークレットグッズとしてオフィサに載ってたのはこれか。将棋はわからないし一万八千円という高い金額にどうしようか悩んだけど、本命麺がデザインしたのだ。買おう。
私は物販でありえないくらい散財した。チェキのガチャガチャも赤司さまが10枚出るまでやりまくった。
会場に入り、二柵目ドセンを確保。そんなに広くないしここからでも充分に赤司様が見える。
バッグを床に置き、マナーモードにしようとケータイを開くと、ちょうど電話がかかってきた。
表示を見ると涼ちゃんで、通話ボタンを押して耳に当てるともう馴染み深くなってしまった声が聞こえてくる。

「名前っちー、もしかして天帝のライブっスか?」

「え!?なんで分かったの!?」

「俺も見に来てるんスよ」

私が二階の関係者席に視線をやると、涼ちゃんが軽く手を振ってきた。

「名前っち今日気合入ってるねー。それヘアメっスか?」

「うん、大本命のライブだもん気合くらい入れるよ」

「ふーん。どうせ家の方向一緒だし終わったら一緒に帰ろ」

「わかったー。もう切るね」

そう言ってケータイをバッグに仕舞い込む。勿論マナーモードにするのは忘れない。
それにしても、涼ちゃん関係者席ってことはメンバーの誰かと知り合いなんだろうか。さすがにこのバンギャルだらけの場所で聞く勇気はなかったからあとで聞こう。


 * * *


「赤司さまぁ〜」

メンバーの登場で私は咲き乱れていた。赤司さまマジ赤司さま。もう私赤司さま見れただけで幸せすぎて死にそう!
メンバー全員が揃うと、赤司さまはお立ち台に立ってそれはもう教祖様に相応しい表情を浮かべていた。

「僕の言うことは?」

「ぜったーい!」

「じゃあ命令だ、頭振れ」

私のテンションも他のバンギャルのテンションもメンバーのテンションもカンスト状態だ。
一曲目から私の好きな曲で本当にテンションがすごいことになっている。
折角お金を出してセットした髪が崩れることも気にせずにヘドバンする。
時間も忘れて暴れていると、いつの間にかアンコールも終わりそうになっていた。
最後に投げた赤司さまのペットボトルが私の方まで飛んできてキャッチ。今日は戦利品ゲットできるとかツイてる!ライブが終わった後の私のテンションは今だに可笑しいまま。
帰る前に化粧直しておこう。その場にしゃがみ込んで鏡を覗き込んでいると、アナウンスが流れた。その内容にパニックになる。

「この後握手会がございます。参加される方は暫し会場でお待ち下さい」

え、赤司さまと握手出来んの?マジで?私はどうしようとパニックになりながら必死に化粧を直す。
化粧はなんとか直ったけど問題は髪の毛だ。試行錯誤してやっと直ったと思ったら、会場にメンバーが入ってきた。
バッグを持って立ち上がり、バンギャルの列に紛れながらドキドキとする心臓を押さえる。
私は宗教にハマって教祖様に盲目になってしまう信者の気持ちが分かった気がした。
天帝はもはや宗教と言ってもいいかもしれない。私赤司さまに死ねって言われたら喜んで死ねる。
そんなことを考え、何を話すかも決まらないうちに自分の順番が来てしまった。
そして一番最初に握手するのが赤司さまらしい。どうしよう。私は緊張で倒れそうになりながらも頑張って歩いた。

「ら、ライブお疲れさまです!」

「ありがとう。キミもお疲れ様。楽しかったかい?」

手を握られたまま必死に頷く。あぁ、すでに泣きそうだ。涙腺が緩んで視界が霞む。

「キミ二柵目でペットボトルキャッチしてただろう?サインしようか?」

「えっ、いいんですか?」

「ハイ、貸して」

もう今日はマジで死んでもいい。このペットボトル家宝にする。そして私がキャッチしてたところを見ていて更に覚えてくれていたなんて感激すぎる。サインしてもらったペットボトルを受け取るととうとう我慢できずに涙が出てきた。

「本当にありがとうございまず、幸せでず」

所詮マイナーバンドのメンバーと握手くらいで何泣いてんだと思われそうだけど、泣くほど嬉しいものは嬉しい。

「泣かれるとは思わなかったな。また来てくれると嬉しい」

最後にポンポンと頭を軽く叩かれて更に涙腺が崩壊した。
そして他のメンバーを忘れて帰ろうとし、ベースの玲央に呼び止められて必死に謝ったらメンバー皆笑っていた。恥ずかしい。
こうして私はもう今死んだら本望だというくらい幸せな気分で会場を出た。
ケータイを開くと、涼ちゃんから待ち合わせ場所が記載されたメールが来ていたのでそこに向かう。

「あー、遅いっスよー。って、泣いてる!?どうしたんスか!?」

「赤司さまと握手してしかも戦利品のペットボトルにサインもらっだ。もう死んでもいいー」

「どんだけ熱心な信者なんスか。これじゃ今日はやめといたほうがいいな」

「なにが」

鼻を啜り涙を拭きながら問いかけると、涼ちゃんはニヤりと笑った。

「俺赤司っちと友達なんで打ち上げ誘われたから、名前ちゃんも連れてってあげようと思ったんスけど今連れてったらマジ死んじゃいそうスね」

「そんなん行けないよ本当死んじゃう」

「じゃー俺も断るんでご飯食べて帰ろっか」

「うん」

ドン引きされるの覚悟で泣きながら来たけど、涼ちゃんはそんな様子も見せずに私の手を取って歩き出した。
今だ泣き止まない私の涙を笑いながらも拭いてくれたり、本当に優しくてこれが最近噂されてる糞麺と同一人物だとは思えなかった。
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