あれから涼ちゃんと一緒に住み始め、二ヶ月が経とうとしていた。
キャバのバイトは辞め、涼ちゃん家近くのコンビニで働き始めた。
自分の心境がまだ落ち着いていないからか、誰かと連絡取ったりはしていない。
そういえばレオ姉たちとの女子会の連絡もそろそろしなきゃいけない。けど、そんな余裕はまだないっぽい。
私は怖いのだ。
辰也くんからもしメールやLINEが来ていたら、それを間違えて見てしまったらと思うと怖くてたまらない。

バイト帰り。涼ちゃんにご飯作っといてって頼まれていたことを思い出し、スーパー寄らなきゃ。何作ろうかなあなんて悩みながら歩いていると、肩を掴まれた。
目の前には誰もいない。ということは背後から掴まれたんだろう。
涼ちゃんかな。なんて首だけで振り返ると、そこには予想だにしない人物が立っていた。

「やっと会えた」

その人物は安堵したような表情で、私の身体を自身の方へと向かせる。

「メールは返って来ないし、LINEも未読のままだし、心配したんだよ?」

彼ーー辰也くんは嬉しそうに笑う。
私は固まったまま動けない。動けるはずがない。

「涼太に名前ちゃんの居場所聞いても伝言を頼んでも取り合ってもらえなくてね。涼太がこの市内に住んでるのは知ってたから、二週間くらい前から暇な時に探しに来てたんだ」

そう言って、困った表情を浮かべた辰也くんは私の首元に目をやった瞬間、酷く顔を歪ませた。

「俺のあげたネックレスしてくれてないんだね。今着けてるそれ、涼太がしてたやつだろ?」

私が言葉を発せずにいるのを気にも留めず、辰也くんはペラペラ喋り続ける。

「あぁ、ちゃんとしたブランドがいいかな?ティファニー?ディオール?どこのが欲しい?プレゼントするよ」

辰也くんは近かった距離を更に詰めてきた。
私は辰也くんの顔を見ながら、あれ、私涼ちゃんにご飯作らなきゃ。スーパー行かないと。買い物しないと。現実逃避とも取れるような内容が頭に浮かぶ。
辰也くんの指が私の髪に触れ、するすると解かれる。

「名前ちゃんが外出るときに髪の毛巻かないの珍しいね。それで、いつ帰って来るの?」

先ほどから辰也くんの言葉の一割も理解出来てない。それほどまでに現実感がなかった。
辰也くんがここにいることも、辰也くんが話す内容も。

「メイクもちょっと薄くなったね。今の方が可愛いな。いつから?」

「バイト、コンビニだから」

やっとの事で口を開くと、辰也くんは微笑んだ。

「そっか。それで……いつ帰ってくるの?涼太の所に行ったっきり帰って来ないなんて彼氏としては怒り狂いたい所なんだけど」

「彼氏……?」

「うん、気付いたんだ。俺たちは別れてないってね」

「そもそも、付き合ってな……」

「彼女だろ?って聞いた時に名前ちゃんは頷いただろ。付き合ってたよ。そして俺は別れる事に関して同意した覚えはない」

これは夢だ。目の前で不快感を露わにした辰也くんも、さっきまでバイトに行ってたことも全部夢だ。
まだ辰也くんが忘れられなかった私の頭が勝手に見せた夢。
起きたらきっと涼ちゃんの寝顔が見れる。そしたら辰也くんを頭の中から追いやれる。そう思うのに脳は目覚めてなんてくれない。

「もういいだろ?帰ろう。名前ちゃんの荷物はそのまま置いてあるから」

私の髪に触れていた指が手首へと移動し掴まれる。その力が強くて、認識した痛みが夢ではないと告げていた。


*******


「離して、涼ちゃん帰ってくるから……!」

私の腕を引き、駅方面へと進む辰也くんに向けて、やっとのことで口を開くと、辰也くんは立ち止まった。

「なんで?涼太には怒りを通り越して殺意まで芽生えそうだよ。そうだ、前に聞いたこと、もう一度聞こうか。俺と涼太どっちが好きなの?」

「それは……」

最後の問いかけに言い淀んでしまう。
そんな私を見て、辰也くんの表情は明らかに嘲りのそれを浮かべていた。

「ほらやっぱり。そんな風じゃ、涼太も可哀想なんじゃないかな?名前ちゃんが好きなのは俺だろう?涼太が不憫だ。名前ちゃんは流されやすいのが玉に瑕だけど、優しくていい子だ。でも、その優しさが時に残酷なんだよ。涼太を解放してあげなよ」

辰也くんの言葉は私の不安や罪悪感をピンポイントで狙い、傷を押し広げるようだった。
涼ちゃんを解放。それは二ヶ月前に考えなかったことではなかった。私は涼ちゃんの側にいない方がいい。いちゃダメだ。二ヶ月前に蓋をした感情が溢れ出してくる。
私の表情を眺めていた辰也くんは、安心させるような笑みを浮かべた。

「言ったよね、もう貢がせたりしないし大事にする。なんだったら養ってあげる。多分、徐々にではあるけど愛してもあげれると思うよ」

やっぱり、辰也くんは私の事を好きな訳じゃない。そんな辰也くんを何が動かしてる?私が涼ちゃんを選んだからプライドが傷付いた?玩具や使える道具を取られたくないだけ?
わからない。辰也くんのことも、私がどうしたいのかもわからない。
とりあえず、涼ちゃんの声が聞きたい。涼ちゃんの顔が見たい。安心したい。

「私、涼ちゃんの所に帰る」

「……怒らせないでくれるかな」

「それは、私が嫉妬したり束縛したり怒ったふりした方がいいって言ったからだよね」

「違う、なんでわからないの。とりあえず俺ん家行こう」

「行かない、そろそろ涼ちゃん帰ってくるから」

辰也くんを前にしてるのに、思い浮かぶのは涼ちゃんのことばかり。
私の言葉を聞き、辰也くんは更に顔を歪めた。

「名前ちゃん、どうしたら戻ってくる?泣けばいいかな?土下座すればいいかな?涼太を殴ればいい?涼太がバンド出来ないようにする?」

辰也くんは脅しとも取れる言葉を吐き出しながら、肩を凄い力で掴んできた。
痛いと顔を顰めるも、辰也くんは私を揺さぶった。

「俺の事が好きなら、なんで!」

辰也くんの大声は多分住宅街に響いた事だろう。
いつも冷静だった辰也くんはそこにはいなくて、取り乱した姿に怯む。
肩を掴んでいる手は離してくれそうにない。そう思っていたのにあっさりと解放された。

「涼太」

辰也くんが背後を見つめながらそう言った。
振り返ると、息を乱している涼ちゃんがそこにいた。

「なんで、辰也サンがここにいるんスか」

「涼太が取り合ってくれないからわざわざ来たんだ」

肩を掴まれ、辰也くんに抱きしめられる形となってしまった。
振り返ろうにも、頭を抱きかかえられ、涼ちゃんがどんな表情をしているのか見えない。
離して!そう言おうとしたら、先に涼ちゃんが口を開いたようだった。

「……名前が、俺よりも辰也サンと一緒に居たいって言うんなら連れてってもいいッスよ。まぁ辰也サンが名前の事本気になったって言うんなら、だけど」

「恋愛感情かは別として、名前ちゃんの事は好きだよ。側に置いておきたい」

「はぁ……一人でとっとと帰れよ」

二人の会話に口を挟む隙なんてない。
もう今日はご飯作るのだるいなあデリバリーにしようかなんてまた現実逃避していると、私を拘束していた腕が解かれ、辰也くんのグレーの瞳(カラコン、だけど)が私を覗き込んだ。

「名前ちゃん、正直に言ってくれ。俺と涼太どっちが好き?」

先ほども問われたことを再度聞かれる。
私が、私が好きなのは。

「……今は、涼ちゃんの方が好き」

今日辰也くんに会って気付いたことは、辰也くんを目の前にしても涼ちゃんのことばかりを考えていたということだ。
どうやら、この二ヶ月で辰也くんへの気持ちは区切りがついたらしい。
私の言葉を聞くと、辰也くんは「……そう。会いに来るのが遅かったね」と悲痛な面持ちで回れ右をした。
そのまま駅の方へ歩き出した辰也くんにかける言葉など思いつかない。
姿が見えなくなるまでその背中を見つめていると、背後から抱きしめられた。

「さっきの、本当?」

頭上から涼ちゃんの声が響いてくる。

「そうみたい。今日、辰也くんに会って気付いたんだけど……」

「名前、好きだよ」

上から聞こえる涼ちゃんの声は震えていて、泣きそうな、嬉しそうな、なんとも言えない声だった。
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