目が覚めると涼ちゃんは隣にいなかった。
曇りガラスの引き戸の向こう、台所の方でなにやら物音が聞こえ視線だけやると涼ちゃんのシルエットが見えた。
とりあえず起きる前に一服しよ……って思ったけどベッドサイドに灰皿もタバコもない。
仕方なく起き上がってローソファーに腰掛けてテーブルからタバコを取って咥えた。
火を点けようとすると引き戸が開いて涼ちゃんが私を見た。
「名前っち起きたんスねー、おはよ」
私はおはよとだけ返して涼ちゃんから視線を外し、今度こそタバコに火を点けて煙を吸い込んだ。
涼ちゃんは私の隣に腰掛けてタバコを取り出す。
「名前っち、昨日言ったことホントだよね?今更やっぱやめたはなしッスよ」
「……なにが?」
「ここに住むって話」
先に話題に出されちゃうとやっぱり住むのはやめるなんてことは言い出しづらい。
昨日の、私が寝てるフリしてたときの涼ちゃんの言葉を思い出して断ろうと思ってたのに。
私が黙り込んでいると涼ちゃんの腕が肩に回ってきた。
「まさか忘れてた?ヒドいッスよー」
涼ちゃんは泣き真似しはじめた。
私の無言はどう断るかと考えているのではなく忘れていたと取られたらしい。
「あのさ、」
「名前っちがここに住むなら必要なもの色々買わなきゃならないッスねー」
すぐに泣き真似をやめた涼ちゃんは今度は楽しそうにどこに買い物行くとか何を買うとか話し始めた。
そんな涼ちゃんに住まないなんて言えるわけがない。
「今日は何も予定ないし支度して飯食い行ってから買い物行くッスよ」
「……涼ちゃん」
「やっぱ寝起きだし軽いモンがいいかなー」
「ねぇ」
「名前っち、何食べたい?」
「私、今日は辰也くんのとこに荷物取りに行ってくる……」
いうタイミングを見計らっても遮られて、とうとう断るなんて考えはなくなってしまった。
涼ちゃんは優しい。色々とアレだけど優しいモンは優しい。
だからこそ昨日の台詞を聞いてこんな感情のまま一緒に住むなんてできないって思ったのに。
本当にそれでいいのか。涼ちゃんがこんなに一緒に住みたがってくれてるなら一緒に住んだほうが涼ちゃんも嬉しいんじゃないだろうか。
そう思って私は断ることをやめた。
でも今日涼ちゃんと買い物行ったりは出来ない。
せめて辰也くんとの関係をキッパリ終わらせてくるのが私が出来る唯一のことだと思う。
私の台詞を聞いた涼ちゃんは顔を顰めた。
「それは、」
「全部片付けてくるから、買い物はそれからでいい?」
私がそう言うや否や涼ちゃんの表情は見るからに明るくなった。
「もちろんッスよ!……俺も一緒に行こうか?」
「一人で行けるよ」
「……わかったッス。あ、荷物大変だろうし俺都内で遊んでるから終わったら近くの駅まで呼んで」
「う、うん」
途中まで一緒に行こ。そう言って涼ちゃんは支度を始めた。