※バンドパロの設定に合わせたら紫原→氷室の呼び方がなんかアレ

あれから何回、いや何十回も涼ちゃんから電話がかかってきていたけど全て無視してしまった。
どういう態度を取ればいいのかわからない。
どんな顔して会えばいいのかもわからないし連絡も全部無視してるからここ最近はもちろん会ってもいない。
モヤモヤしたまま私は辰也くんの家で過ごすことが多くなった。
コンビニのバイトをやめてキャバ一本にしたから、実家からより辰也くんの家からの方が出勤が楽なのだ。
辰也くんは歓迎してくれたというか、辰也くんから誘ってくれた。
辰也くんはお金に困ってるから部屋を自由に使わせてもらう代わりにお金を渡すことにした。
私は辰也くんと一緒に居られる時間が増えるし、自分で部屋を借りるよりも安く都内に住めるし職場は近くなるしで、お互い利害は一致してるはず。辰也くんの負担にはなってないと思いたい。
それでも週に一回くらいは実家に帰ってるから、乗り換えで涼ちゃんの最寄り駅で一回降りるわけで。
そんなときにふと涼ちゃんの存在を思い出してモヤモヤ。

「名前ちゃん最近元気ないね?」

「そうかな……」

「俺にはそう見えるよ。ああ、そうだ。来週ライブがあるんだ。パスあげるから見に来てほしいな」

「ライブ?」

「うん。イヤかな?」

「イヤじゃないよ!行く!」

辰也くんは励ましてくれようとしてるのかな。RinGは音源めっちゃ聞き漁ってるけど、ライブはまだ行ったことない。
私はモヤモヤを押し込めるように、来週のライブを楽しみに待って過ごすことにした。


 * * *


RinGのワンマンライブ当日、私は落ち着いた服装で会場に来ていた。
パスは楽屋も入れるらしいけど、そんなとこまで押しかける気はない。
ライブ前は忙しいだろう。なるべく辰也くんの負担にはなりたくなかった。
二階の関係者席はちらほらと人がいるくらいで、一階の一般席(席と言っても一階はスタンディングだけど)とはかなりの温度差があった。
今回は二階の一般開放はしていないらしい。このライブハウスは結構広いから二階のチケット発売しても多分そこまで売れないんだろう。
私も下行きたいな……なんて思ったけどやめておく。
でも大好きな辰也くんが出るんだからと二階の最前席に腰をおろした。
しばらく下の階にいるファンを眺めて「あの二作目ドセンの子狙いっぽいな。辰也くん狙いだったらヤダなー」とか思っていると肩を叩かれた。
叩かれたほうを見ると、そこにはサングラスをかけた長身紫髪のバンドマンが立っていた。

「あれ?敦くん?なんでいるの?」

「それこっちのセリフだし〜。なんで名前ちんが関係者席にいんの?」

「うーん。ちょっとね。敦くんは誰かと知り合い?」

「俺はボーカルと知り合い〜」

まさかの辰也くんの知り合い。私はそうなんだととりあえず笑っておくことにした。
そんな私を見て敦くんは一瞬動きが止まったあと、私の隣に座った。

「名前ちんは友達だから忠告しとくけどさ、たっちんはやめといた方がいいよ」

サングラスを外してこちらを見た敦くんの表情は真剣そのものだった。
私はどう反応していいのかわからず黙り込むと、敦くんは更に言葉を続けた。

「今日関係者席に繋がりっぽい子いないでしょ?他の繋がりは今日普通のチケットもらってると思うよ〜。自分は特別だって思わせるのがたっちんのやり方だから」
「そんなわけ、」


ない。辰也くんはそんな人じゃない。そう言おうとすると会場が暗転してSEが流れ始めた。
渋々私は黙り込んで席に座ったまま辰也くんが出てくるのを眺める。
涼ちゃんも、レオ姉も、敦くんもみんなやめとけって……辰也くんはそんなに評判が悪いのかな。
ライブに来る前はあんなにハッピーなのに今は気分ガタ落ち。
気付くともうメンバー全員がステージに揃っていた。あーあ、辰也くん出てくるとこ見逃しちゃった。

「さて、ひとつになろうか。陽炎」

辰也くんがそうマイク越しに言うと会場が沸き立つ。
セトリの最初から私が一番好きな曲とかすでに嬉しくて死にそう。
そしてナマで聞く辰也くんの歌はやっぱり凄かった。
前に歌ってもらったこともあると、箱で聞くと迫力とか全然違う。
やっぱり煽り曲では下に行って暴れたくなったけど、我慢して座って聞いた。

「フェイク」

アンコール二曲目、最後の曲もRinGの中で特別好きなものだった。
二階席で目が合うことはないけど、ライブ中にチラチラとこちらに視線をくれたのが嬉しかった。
ペットボトルやピックを投げながらメンバーが捌けて行き、会場の照明が点くと声をかけられる。

「俺今から楽屋行くけど名前ちんも行く〜?」

「……辰也くんもライブ終わったばっかで疲れてるだろうし帰る」

「そー?」

そうは言ったものの、多分辰也くん相手じゃなかったら普通に顔出してたと思う。
辰也くんが相手になると、臆病になる自分が笑える。
厚かましいとか、無遠慮だとか思われたくない。
私はそこで敦くんと別れて会場の外へと出た。


 * * *


会場近くのマジバでバニラシェイクを買い、広場みたいな所に戻るとフライヤーを配ってる麺や、それを受け取るバンギャルたちが結構いた。
私はベンチに座ってケータイを弄りながらバニラシェイクを啜る。
別に甘いものは好きじゃないけど、テツくんがバニラシェイク好きだからって理由で飲んでる私はやっぱり根っからのバンギャルなんだろう。

「名前さん、名前さん」

誰かに呼ばれてる気がするけど、同じ名前なんていっぱい居そうだしそのままケータイを弄ることにした。
だけど街灯の光が遮られ、誰かが前に立ったとわかって顔を上げてびっくりした。

「名前さん、やっと気付きましたね」

「テツくん!?」

すっぴんで髪の毛もセットしてなくて一瞬誰だかわからなかったけど、紛れもなくテツくんだ。
私が驚きすぎてケータイを落とすと、拾って手渡してくれる。

「名前さんもRinGのライブだったんですか?」

「あ、そうです」

「今月シャドウのライブは来てくれてませんね。名前さん居ないとちょっとテンション下がっちゃいます」

テツくん見かけによらず営業すごいなーなんて思いながらも、嬉しくない訳がない。
思わず笑うと、テツくんは微笑んで隣に座ってきた。

「テツくんは今日はどうしたんですか?」

「和成君とフライヤー配りに来たんです」

その言葉に広場を見渡すと、和成くんらしき人がいて納得。

「あっ、フライヤー一枚でもいいんで欲しいです」

「五枚くらいいりますか?」

「いいんですか?」

「逆に貰ってくれると助かります」

減らないでこの量持って帰ったら筋肉痛になりそうです。そう言ったテツくんに笑う。
テツくんは相変わらず表情が乏しいけど、それさえもやっぱ素敵だなって思う。

「あ、それもしかしてマジバのバニラシェイクですか?」

「う、うん。テツくん好きだから私も飲むようになったんです」

「ちょっと貰ってもいいですか?」

「あ、どうぞ」

私が頷くと同時にバニラシェイクは攫われて行ってテツくんの口へと吸い込まれていった。
まさかテツくんと間接チューするとは思ってもいなかった。
普段「間接チューで照れる人ってホントにいるの?」って思ってるくせしてちょっと照れてしまった。
ありがとうございますと戻されたバニラシェイクはちょっとどころか半分以上なくなっていて笑ってしまった。

「名前さんはこれからお家に帰るんですか?確か神奈川でしたよね」

「あ、いや、今日は友達の家に泊まるんです」

「どこら辺ですか?」

そう聞かれて思わず辰也くんの家の最寄り駅を伝えると、テツくんは微笑んだ。

「じゃあ僕と途中まで同じ電車ですね。一緒に帰りましょうか」

「えっ、でもフライヤー配るんじゃないんですか?」

「僕なかなか気付いて貰えないんですよね……。和成君に頼んでくるのでちょっと待ってて下さい」

こちらが断る暇もなくテツくんは小走りで和成くんの方へ走って行き、なにやら会話をしていた。
テツくんがこちらを指差すと、和成くんは私に気付いたようで手を振ってくれたから笑顔で振り返す。それで終わりかと思ったら和成くんは走り寄ってきた。

「おー、名前ちゃんもRinGのライブー?」

「うん」

「そっかー。帰り痴漢とか危ねーし途中までテツヤと帰れよ?俺はまだフライヤー配ってるわ」

「でも、悪いよ。一人で帰れるし……テツくんの手を煩わせるわけには」

「やっと俺にはタメ口でしゃべってくれると思ったら相変わらず堅苦しいのは抜けねーのな」

「僕には相変わらず敬語ですけどね。僕も早く帰りたいですし逆に助かります」

和成くんともライブの物販とかで結構喋ってるから打ち解けてはいると思う。
けど堅苦しいって最近は誰にも言われなかったのになぁ。
シャドウは前から通ってたから昔のクセが出ちゃったのかもしれない。

「うーん、じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

「よし、じゃあ俺はフライヤー配ってくるわ!名前ちゃん次のライブでまた喋ろうぜ!」

ちゃっかり営業かけて去っていった和成くんに笑うと、テツくんが行きましょうと私を促した。
駅まで歩いて、駅からは同じ電車に乗って。そろそろ私が降りなきゃいけない駅だ。

「名前さん、元気出してくださいね」

「え?元気なかったですか……?」

「はい。名前さんは笑顔が一番似合いますよ。次会う時は元気な顔を見せてくださいね」

「あ、ありがとうございます」

そこでアナウンスが流れ、ドアが開いた。

「じゃあまた。ライブのタイムテーブルは今まで通りメールで送りますね」

「はい、じゃあおやすみなさい」

私は電車から降り、辰也くんの家へと向かった。
家に帰るとやっぱりというか当たり前というか、まだ辰也くんは帰っていなくて、シャワーを浴びてご飯も食べずにベッドへと潜る。
元気がないと言われたことに少しショックを受けた。自覚はなくとも、辰也くんと一緒にいるようになってから周りに元気ないって言われることが増えたし。
辰也くんはライブの打ち上げがあるだろうしきっと朝まで帰ってこない。
打ち上げに女の子が居たとしても、二人きりで会ってるわけじゃないんだから、考える必要なんてない。
元気がないように見えても、私は幸せだよね?
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