「名前っち、腹減ったッス……助けて」

涼ちゃんからそんな電話が来たのは夜の11時半。私はもう寝ようとしていたところ。
どうやら一人暮らしを始めてからカップ麺やコンビニ弁当ばかりだったみたいで、まともなものを食べていなかったらしい。
食べ過ぎて飽きてお腹が空いてるのに体が受け付けないからなんか作りに来てほしい。要約するとそんな感じの電話だった。
でも支度していたら電車がなくなっちゃう。いくら同じ神奈川で駅が近いからって電車なしじゃ行くのはちょっと辛い。
どうしようかと悩んでいると、タクシー使っていいッスよって言われたから行くことにした。
実家暮らしな私は、冷蔵庫からテキトーに食材を取って袋に突っ込んで、一応圧力鍋も持ってタクシーを呼んで涼ちゃんの家へと向かった。
タクシーがアパートの前に停まると、すでに外で待っててくれていたのか涼ちゃんが財布を持って近づいてきた。

「名前っちまじありがとう」

タクシーの運転手さんにお金を渡し、手を差し出してきた。それを戸惑いなく握りタクシーから降りると涼ちゃんが笑った。

「もー名前っち来てくんなかったら餓死するトコだったわ」

「なんかすぐ出来るもの作るから待っててね」

「え、料理出来たんスか」

「呼んどいてそれってヒドくない!?」

確かに自分でも見た目的に料理苦手そうだとは思う。けど実際は人並みには作れるからちょっとムカー。

「冗談だから怒らないでよ」

涼ちゃんは笑いながら部屋のドアを開け、私を先に入らせてくれた。
パンプスを脱いでいる後ろで鍵の閉まる音がした。そして抱きしめられた。

「名前っち今日スッピンなんスね」

「うん、もう寝る前だったから」

髪の毛もちょっとボサボサなままだ。でもライブなわけじゃないし気合入れても意味ないかなーって着替えるだけしてそのまま来てしまった。涼ちゃんにはスッピンも寝起きも何度となく見られてるし。

「今日泊まってく?」

「うん、一応着替えとかは持ってきたけど……」

「そっか」

涼ちゃんは腕を解いて私を追い越して先にキッチンへと歩いていった。
後を追うと、なにやら冷蔵庫を物色している。

「うわ、これもう傷んでる」

「材料持ってきたけどなんかあった?」

「んー、使えるのはウインナーくらいッスね」

「じゃーポトフとご飯とハンバーグでいい?」

「わざわざハンバーグ作るんスか?」

「一昨日作ったタネ冷凍してあったからあとは焼くだけだよ」

ポトフも圧力鍋持ってきたし時間掛からないだろう。
さっそく料理に取り掛かると、涼ちゃんは周りをうろちょろし始めた。
なんというか、はっきり言っちゃうと邪魔だ。気が散ると余計手際悪くなっちゃう。部屋で待ってていいのに。

「名前っちー、まだ?」

「まだだよ!」

「えー、何怒ってんスかー。怒った顔もカワイー」

うわああああ本当邪魔しないで欲しいんだけど!体ごと振り向くと、思ってたよりも涼ちゃんが近くにいて握っていた包丁が涼ちゃんの腹部を掠った。

「うわ、名前っちこわっ」

「ご、ごめん。危ないから向こう行ってたほうがいいよ……」

よかった、刺さったり切れたりしなくてよかった。無職で自称アーティストの黄瀬涼太さんが自宅で女性に刺されるという〜みたいなニュースになるところだった。こわい。
そのあとは涼ちゃんが部屋に戻ってくれたから集中してご飯作れた。持ってきてた冷凍ご飯をチンして全部盛り付けて部屋に持っていくと、涼ちゃんが走り寄ってきた。

「やっと出来たんスね!まじ名前っちありがとう」

「味の保障は出来ないけどね〜」

「あれ、名前っちは食べないんスか」

「家で食べたもん」

じゃあ俺だけいただきます。そう言って涼ちゃんは食べ始めた。
私は最近涼ちゃんがハマッている漫画を借りて読むことにしようとベッドに横になると、涼ちゃんが恨めしそうな顔でこちらを見てきた。

「名前っちー、なんで俺の向かいに座っててくれないんスか」

「え、だって私食べないし」

「よくドラマとかで旦那が食べてるのを幸せそうに見てる奥さんがいるじゃないッスか」

「え、フィクションだよそれ……」

きっと世の中の主婦の方は「また洗い物しなきゃいけねーのかよ」くらいに思ってると思うよ。
涼ちゃんはゲスいくせに以外と夢見がち。と頭の中にメモを残した。

「それにしても普通にウマいッスね」

「普通にってなに?もっとちゃんと褒めてよ〜」

「名前っち俺の奥さんにしたい」

「それは言いすぎー」

「んー、じゃあ、名前のほうがおいしいよ。とか?」

それもう料理褒めてない。ダメだ、涼ちゃんはおバカっていうのも頭の中にメモしとこう。
呆れた表情でもしちゃってたのか、涼ちゃんはなんか焦り始めた。

「ちょ、無言って!冗談ッスからね今の!」

「あ、そうなんですか……」

「名前っち最初の頃みたいに敬語に戻ってる〜!」

「ごめんなさい、涼太さんの冗談にちゃんと反応出来なくて……」

「いい加減にしないと泣くッスよ?」

泣き真似を始めた涼ちゃんの隣に移動して顔を覗き込むと、真顔で顔を上げた涼ちゃんに唇を塞がれた。
ちょっとコンソメの味がして笑うと、涼ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
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