秀徳に初回で行った日、家で眠りから覚めると和成くんから『なんで俺いないときに帰っちゃったの?』とメールが来ていた。
どうやら送り指名して欲しかったらしい。それから頻繁にメールがくる。内容は『今何してるー?名前ちゃんに会いたい』だとか『写メ頂戴!』だとかくだらない内容。
そしてちょくちょく清志くんからもメールが来るようになった。内容はやっぱり『今何してんの?』だとか『自撮り送って』だとかくだらない内容。
なんなの二人とも送る内容打ち合わせしてんの。
それから1週間経ち職場でポロっと秀徳の話題を出したら、私が働いているとこの系列店に清志くんの彼女がいるという情報をもらった。
そして何故かその彼女が待機所までやってきた(といっても系列店の待機所も同じビル内だ)。
「私の清志取ったら許さないから」と睨まれ、原澤ちゃんには「前の店の時みたいに問題起こさないでくださいよ」と釘を刺され……超絶イケメンという以外別に思い入れのなかった私は清志くんのメールを無視することにした。
つーか彼女だったら彼氏の客になりそうな人間にわざわざ牽制しなくていいじゃん。そこは『お前が貢いだ金私に使ってくれてるから〜キャハッ』とか内心見下してればいいのに。
そんな感じでまたフリーで秀徳に来た私は、何故か勝手に送り指名になっていた清志くんに帰りのエレベーター内で壁ドンされていた。
卓では和成くんとも喋ったが、和成くんは酔っ払ってなくてごく普通な感じで楽しんだので割愛する。
「なんでメール返さないんだよ」
「仕事が清志くんの彼女さんと同じ系列でなんか乗り込んできてさー、店長にも問題起こすなって釘刺されちった」
テヘ!と茶化すと、清志くんは恐ろしいくらいの笑みを浮かべた。青筋立ってるけど。
「本当は和成とメールしてるから返さねーんだろ」
違う、と口を開こうとしたら乱暴にキスされてしまった。
はーい、二度目のエレチュー来ましたー。なんて内心バカな実況を始める。
エレベーターのドアが開く音で清志くんは離れたが、腕を掴んで私をビルの裏側へと連れ込む。
「もう和成とメールすんな」
「なんで」
「嫌なんだよ、言わなくてもわかれよそんくらい」
「言っとくけど私細客にしかなんないしナンバーワンホストが本指名取ろうとする価値ないよ」
こんな事を言ったが正直めんどくさいだけなんだけど。彼女さんのこととか彼女さんのこととか彼女さんのこととか。
職場で問題起こしてまで指名なんてしたくないし。
清志くんはとうとう笑みを消し、眉間に皺を寄せて不機嫌な表情になってしまった。
「別に金使っても使わなくても関係ねーよ。和成には俺から言っとくから」
「はぁ?まだ私清志くん本指名してないよね?清志くん本指名するとも言ってないよね?彼女さんのことが面倒なだけで和成くん関係ないから」
こっちがオブラートに包んで言ってあげたのに清志くんには通じなかった。私まじ彼女さんのこと面倒なだけなのに、言わなくてもわかれよそんくらい。
「じゃあアイツと別れればいいんだな?」
「それこそ面倒なことになるからやめてよ」
てかホストなら彼女の管理くらいしっかりしてよ。普通ならナンバーワンホストだし彼女いるってバレたら掲示板で炎上する。
あぁ、この人は彼女の管理も出来ずに自分の仕事の邪魔をするような女と付き合ってるバカなんだなと思うと溜め息が漏れた。
「アイツのことは悪かったと思ってる。『同じ系列店にこの前秀徳行った子がいるんだよ』って言われて宣材写真見せられてついポロっと漏らしちまったんだよ」
「え?え?なんの話?」
「はぁ?俺が名前ちゃんのこと可愛くてタイプだって漏らしたからアイツが怒って待機所に乗り込んだんだろ?」
話が噛みあわないといった表情を浮かべている清志くんに、それ本来私がしなきゃいけない表情だからと内心ツッコんだ。
その話初耳なんですけど。そして本物のバカだった。彼女に他の女の子をタイプとか言っちゃうなんてまじでバカだ。
「それ清志くん原因じゃんなんで和成くんに矛先が向くの」
「だーかーらー、メールしてんの気に食わねーんだよ」
「え、私がメール返さないの和成くんとメールしてるせいだと思ってたんでしょ?彼女さんのことだってわかった訳だしいいじゃん」
「たとえメール返してくれたとしても他のヤツとしてんのは嫌なんだよ」
別に色恋かけられるのは嫌いじゃない。でも惚れてる相手でもないのに束縛されんのはすっごい嫌いだ。
私の不機嫌オーラが伝わったのか、清志くんは少し慌て始めた。
「あー、とりあえず話は店閉めたらにしよう。どっかラブホでも入って待っててくんねぇ?俺払うし」
「やだ。家帰って寝る」
「じゃあ家教えろ。行くから」
「掛けもないのになんで家教えなきゃいけないの?」
私の一言にピクリと眉が動いた。ごめんね思い通りにならない女で。
多分この色恋営業で他の客に人気なんだろーなーとは思うけど、ちょっと私には合わない。
所詮ホストと客で営業かけられているだけなのだ。ただ楽しく飲んで過ごしたいだけなのに、彼氏でもない人間に束縛されるのは不愉快だった。
「なぁ、どーしたら待っててくれんの?」
抱き締められ、頭を撫でられながら囁かれる。
ふわりとブルガリブラックの香りが鼻を掠め、思わずキュンとした。
いや、キュンとしてる場合じゃない。この時ばかりは自分の匂いフェチが恨めしかった。
「今すぐにだったらラブホでもなんでも行っていいけど、わざわざ罰金払って他の客帰してまで早退してあげるほどの客でもないでしょ?」
本当に意地の悪い女だと自分でも思う。
こうやって無理難題を吹っかけ、しかも早退はムリだと言うのも躊躇ってしまうような言葉まで放った。
これで断ってくれれば、今後清志くんは横暴な営業はしてこないだろう。そして私も気にすることなく和成くんを指名できる。
彼女さんが私にメンチ切ったときからもう、清志くんを指名する気はなかった。
ふと私を撫でる手が止まり、顔を覗き込まれる。
「わかった、早退してくるからちょっと待ってろ」
清志くんの表情は明らかに困っていた。そして私も困った。これで本指名清志くんにしなかったら最悪な客だな。
清志くんが店へと戻っていくのを横目に、私はタバコに火を点けた。
* * *
タクシーの中ではお互い無言だった。私は気にせずスマホを弄り、清志くんは窓の外を眺めていた。やっぱり何をしててもカッコいい。
ラブホに着くとすぐに清志くんが一番高い部屋を選んだ。ナンバーワンホストは金持ってんなーなんて清志くんの後を着いていく。
部屋に入るとなんか色々と豪華だった。露天風呂とサウナもついている。入りたいけど、この空気で入れんの。入れなかったら今度誰か誘ってこようと決心した。
「名前ちゃんどうする?」
「何が?」
「いや、なんでもねー」
なんなわけ?とキレそうになるのを必死で抑える。今の私は最高潮に不機嫌なのだ。送り指名勝手に決められたときから不機嫌だったが、今はその比じゃない。
あーもう秀徳一生行かないなんて思っていると、また抱き締められた。
「さっきは悪かった」
「あー、いいよ別に」
束縛しようとしたり私の行動を勝手に決めようとしたりしなきゃいい。
謝ってくれたのに許さないほど鬼じゃない。
だけど、すぐに清志くんの一言でその想いはぶち壊された。
「でも、やっぱ和成とメールして欲しくないんだわ」
俺も彼女と別れるし、頼む。そう言われた私は清志くんを突き放した。
「私がさっき言ったことも覚えてないみたいだし風呂入って寝るわ」
もう一人で露天風呂満喫してぐっすり寝よう。そう思い露天風呂へと向かおうとすると、肩を掴まれる。
「どうしたら俺の言うこと聞くんだよ。轢き殺すぞ」
「あー、DV営業でもすんの?」
清志くんは見るからにイラついている。
このわけのわからない状況にイラついているのは私も同じだった。自分が発した声がいつもより低いことに気付いていたが直す気は更々ない。
長く指名している担当ホストと喧嘩ならたまにするけど、まだ二回しか店に行ってないししかも担当でもないホストと何で喧嘩になってんの。
「マジで犯していー?」
顔は笑顔だが青筋がすごい。笑顔で青筋立てれるってすごい。
好きにすれば?そう言うとベッドに投げられた。突き飛ばされたとか、押し倒された、とかではなくマジで投げられた。
そして覆いかぶさってきた清志くんに乱暴に抱かれた。
* * *
「痛い」
「どこ痛い?ごめんな。痛かったよな。ごめん。でもガキできたら責任とってやるから」
清志くんはマジでDV男の気質があるんじゃないだろうか。必死に謝り私を労わって機嫌取ろうとしている。
中出しされたことはまぁ、ピル飲んでるし別に気にしていない。
私はもうどうでもよくなった。怒るのも体力使うし、だったらテキトーにやり過ごしたほうがいい。
「なぁなんか言ってくれよ」
「んー、いいよもうこっちこそごめんね」
もう秀徳には行かないし清志くんと会うのもこれで最後だろう。
私は疲れきった体を休めようと眠りについた。
* * *
起きると清志くんはぐっすりと眠っていた。
シャワーを浴びて服を着てフロントに電話しようとすると、清志くんが目を開いた。
「あれ、名前ちゃん帰んの?」
「うん、今日用事あるから」
用事なんて本当はないけど。寝てる間に帰ってしまいたかったけど、それはムリだったようだ。
清志くんは私の腕を引き、頭を押さえ込んでキスしてきた。
「もう会わないとか言わねーよな」
「そんなこと言うわけないじゃん」
笑顔でそう言うと、清志くんは「そっか」と私を離してくれた。
嘘も方便だ。ここは穏便に帰ることが先決。夜の世界は嘘と金で成り立っている。信じていい言葉なんて何ひとつないのに。
私がいつも騙されたふりをしているように、清志くんも騙されているふりをしてくれているのだろうか。
この闇の中じゃ真実なんて見えない。