同僚と喧嘩したのをきっかけに、半年続けた店を辞めた。
指名数の多い私が辞めるのは困るのか店長は懇願するように引き止めてきたが、喧嘩した女の子とこれからも同じ店で働くのは耐えられないと半ば無理矢理辞めてしまったのだ。
待機所がぐっちゃぐちゃになるという地獄絵図を作ってしまい、しかも辞めるという暴挙に出たことは店長には申し訳なく思う。
それも一週間前のこと。
スカウトに紹介してもらった店は以前よりバックが高く、しかも送迎がタダなので結構気に入っている。
前の店で働いている女友達もこっちの店に呼んじゃおうかな。

「原澤ちゃんー、今日はホスクラ行くから駅チカで降ろして」

店長である原澤ちゃんとはすぐに打ち解け、他の黒服ではなく店長自ら仕事と自宅への送迎をしてくれていた。
後部座席から乗り出すように原澤ちゃんの顔を覗き込むと、呆れた表情で溜め息を吐いている。

「お金がもったいないと思わないんですか?」

「いつも客に奉仕してる分、自分も接客して欲しくなんだよね〜」

普通はホストにハマって風落ちするのだろうが、私はこの仕事を始めてからホストにハマった。
いつもカミサマである客を接待している分、仕事後は自分がカミサマになりたいのだ。
それだけじゃない、普通に恋愛するよりもイケメンや面白い人間とお金で割り切った関係になれるのも魅力のひとつ。
お金を払わなければ終わりに出来るなんて、本当に楽だ。
恋愛はめんどくさくてしたくないけど、恋愛にあるドキドキは感じたい。ちょっと男みたいな思考回路に嘲笑いが漏れる。

「まぁ、名前さんがいいのならいいと思いますがね」

原澤ちゃんが車を停めたので窓から外を見ると、ここ一週間で見慣れて来た駅の前だった。
前の店は自宅から結構遠かったが、この店の事務所は自宅の最寄駅から二駅のところにある。
そんな地元から近い場所にあるホスクラへ行くのは今回が初めてだ。
確か何軒かあったけど、知り合いとか同級生が働いてなきゃいいなー。

「じゃ、お疲れサマー」

「お疲れさま。次の出勤は明後日ですね」

車を降り、原澤ちゃんに手を振ると振りかえしてくれた。



 * * *



とりあえずキャッチでもいればいいんだけど。
始発前で閑散としている駅前広場まで移動し、噴水に腰掛けスマホを弄り始めた。

「暇だったら飲みに来ないか?通常は初回1000円だが特別に500円でいいのだよ」

やべえどうしよう道わかんない、土地勘も地図読む能力もない私が一人で新しい店発掘するとかムリだったわと半ば諦めていると、緑色の髪をしたスーツの男(多分、いや話しかけてきた内容からして絶対ホストだ)に声をかけられた。

「助かった……!」

「何か困っていたのか?」

「どっかホスクラ行こうと思ってネットで探してたんだけどさー、ここら辺慣れてないし道わかんないしまじ詰んだとか諦めかけてた」

「じゃあ店に案内するから来てくれ頼む」

「帰り誰か駅まで送ってくれるなら行く」

「空いている人間が送ろう」

じゃあ行く!と私が立ち上がると、目の前のホストは少しだけ嬉しそうに笑った。多分キャッチを成功させないと先輩ホストとかにどやされるんだろうな。
こっちだとナビゲートし始めた彼にに着いて歩いていくと、5分もしないうちにビルの前へと到着した。

「ここの二階なのだよ」

そう言ってエレベーターのボタンを押した彼に、気になったことを聞こうか迷う。
さっきから、語尾が面白いのだ。『なのだよ』ってなんなのだよ。やべえ流行りそう。私の中で流行りそう。
店へと入り席へと通してもらうと、ホールの中を見渡した。



 * * *



私の卓にはさっきの緑色の彼と、黒髪?こげ茶?派手ではない髪型をしたホストが私を挟むように席に着いた。

「俺は真太郎なのだよ」

「俺は和成ー。こっちのは真ちゃんって呼んであげてな」

「真ちゃんに和成くんね」

落ち着いた雰囲気の真ちゃんと、明るい和成くんが対照的すぎてなんか面白い。
二人から名刺を受け取り、こちらも名前と連絡先を教えた。

「とりあえず飲もっか!名前ちゃん何割りがいー?」

「黒霧島ある?ボトル入れる」

「とりあえず初回料で飲めるし鏡月でよくね?」

「鏡月キラい〜」

「えー……名前ちゃんがいいならいいけど」

「じゃあ俺が取ってくるのだよ」

私のオーダーに不満げな表情を浮かべた和成くんを横目に、真ちゃんは立ち上がりボトルを取りにいった。
それより、なんで和成くんは不満そうなんだ。店の売り上げになるんだからいいじゃないか。

「名前ちゃんさー、ホストクラブとかよく来るの?」

「仕事終わるのが始発前だからよく行くよー」

「えー、もったいなくね?」

「それ今日店長にも言われた」

今日はよくもったいないと言われる日だ。特に和成くんに関しては自分が働いてるのにもったいないとか言っちゃうなんてバカすぎる。
そんなこと言う前に、まずはフリーで入った私の指名を取ることを考えたほうがいいんじゃないの。
まぁいいや、とりあえずタバコでも吸おうとタバコを咥えると、すかさず和成くんがライターを差し出し点火してくれる。
真ちゃんが黒霧島を持ってきて飲んでいると、隣に座っていた和成くんと真ちゃんが席を立ち、入れ替わりで他のホストがやってきた。
その後もローテーションでいろんなホストがやってきて、この店のナンバーワンだというホストがやってきた。
源氏名は清志くんと言うらしい。
ナンバーワンというだけあって、髪型もキマッてるしグレーの光沢のある高そうなスーツもかっこよく着こなしている。
一言でいうならば超絶イケメン。その一言に尽きる。
イケメン高身長スタイル抜群ってどんな遺伝子してるんだろ。

「まじイケメンなんだけど」

「お、サンキュー。名前ちゃんも可愛いよな、連絡先教えてー」

「いいよ、ハイ」

「後でメールするから絶対返せよ。返してくれなかったら轢き殺す」

「うわ轢き殺すとか物騒ー。今流行りのオラ営ですか?」

「んだよ違げーよ。可愛いからメールしたいんだよ」

流石ナンバーワンなだけある。初っ端から色恋オラ営とかハンパない。
しばらく清志くんと飲みながら話していると、内勤の子が清志くんに耳打ちした。

「悪ぃ、あっちの卓行ってくるわ。後でまた来るからそれまで帰んなよ?絶対だぞ?」

そう言って席を立った清志くんに手を振り、笑顔で送りだす。
本当イケメンだなあ。いつも友営ばっかだからたまには色恋かけてくれる人指名するのもいいかも。
でもナンバーワンなんだよね……。基本的にナンバー入りしてる人は滅多に指名しないから悩んでしまう。
清志くんの営業とイケメンさに関心していると、真ちゃんに支えられ、ベロベロに酔った和成くんが戻ってきた。

「あっちの卓に戻らなければいけないから俺は少し離れるが、和成を置いていってもいいか?」

「いいよー。てか和成くんどんだけ飲まされたの」

頼むとまた引き返した真ちゃんを見送る。
空いている店内で他の客が見えない卓に通されてはいるが、騒がしい声は聞こえてくる。
それは他のホストがついているときも聞こえてきていたので、多分和成くんに飲ませて盛り上がっていたのだろう。

「あの人たち鬼畜すぎっしょー潰す気かっつーの!」

「大丈夫ー?」

私の肩に凭れかかり溜め息をついた和成くんの頭を撫でると、和成くんは顔をあげて体をこちらに向き直した。
そのまま首筋へと顔を埋められ、くすぐったさに身を捩る。

「名前ちゃんすげーいい匂いするー。舐めていー?」

「いや、卓でそれはマズくない?」

体舐めるって、卓チューよりもマズいと思う。
私の制止は聞こえてないのか、はたまた聞こえていても酔っていて理解できないのか、首筋にざらりとした感触が伝った。

「んっ……、ちょ、マズいって」

「鳴き声も可愛いーとか。名前ちゃんの性感帯どこ?首?」

「あっ、ちょ、」

執拗に首を舐められ、されるがままになるわけにもいかず肩を押すが、和成くんにはあまり効いていないようだ。

「和成、何をしているんだバカめ」

いつの間にか戻ってきていた真ちゃんに頭を叩かれた和成くんは、やっと顔を上げた。
その和成くんの表情は酔っ払いとしか言いようがないくらいトロンとしている。
呆れた表情の真ちゃんに、和成くんは追い討ちをかけた。

「ねえ名前ちゃん、チューしていー?」

「店でしていいわけないだろう!先輩に怒られるのだよ!」

「真ちゃんあっちの卓行ってて。ねー名前ちゃん、いいっしょ?」

「どう考えてもダメだよねー」

「えー、さっきの客なんて自分からせがんできたし。まぁしなかったけどなー」

別にキスするのが嫌だという訳ではない。仕事柄どんな人間とでもするのは慣れている。
だけど断るのは、和成くんが後で怒られるのが分かりきっているからだ。
怒られても私には関係ないっていえばそうなのだが、今日の私は機嫌がいい。
だから気遣ってあげているのに和成くんはそんなのお構いなしに唇を奪おうとしてくる。

「はぁ、もう知らん。俺は向こうに行っているのだよ」

「よっしゃ、じゃあ名前ちゃん。チュー」

目を閉じ、近い顔を更に近づけてくる。あーもう怒られても知らない。
私も目を閉じると、唇に柔らかい感触。そしてしばらくすると咥内にぬるりと舌が侵入してきた。

「んっ」

「あー、ヤッベ」

勃ってきちゃった。そう耳元で囁かれ、手首を握られた。
そのまま手を移動させられ、固いモノに触れる。
卓で股間触らせるホストってマジでいるんだ。人から聞いてはいたが、まさか自分がこういった経験をするとは思わなかった。
酔いもまわってないし妙に冷静な私は、そのままズボン越しに感じる熱を無視し、掴まれていた手首を振り払う。

「あ、清志くんだ」

「え、やべ」

こちらに向かってくるのが見え、和成くんは私から離れ少し距離をとった。
やっぱり怒られるのは嫌なんじゃん。最初からしなきゃいいのに。
先ほどの行動は見られてなかったのか、清志くんは何も触れずに私の隣へと腰掛けた。

「和成、あっちのお客さんが呼んでたぞ」

「えー……マジっすか……」

見るからに嫌そうな顔で立ち上がった和成くんは、ごめん、お邪魔しましたとフラフラしながら歩いていった。

「あ、もうちょいで時間だけど延長する?」

「この駅からなら家までタクシーで帰れるし今日はいいや。あ、タクシー呼んでもらっていい?」

本当は駅まで誰かに送ってもらう予定だったが、皆空いてなさそうだしどうせそんな変わらないからとタクシーを呼んでもらうことにした。
タクシーを呼びに電話しに行った清志くんを横目に会計を済ませ、内勤の子が送り指名を誰にするか聞いてきたので、清志くんでお願いした。
和成くんにしようか迷ったが、酔っているのに可哀想かなとやめておいた私ちょっと優しい。
タクシー呼んだぞ。と清志くんが卓に戻ってきたので、差し出された手を受け取り立ち上がる。

「ありがとうございましたー!」

何人か空いているホストが入り口まで見送りに来てくれて、私と清志くんはエレベーターに乗り込んだ。
そして清志くんにいきなりエレチューされ、ここの店チュー営業でも流行ってんのかとちょっとウケてしまった。
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