現在私は、この修羅場をどう対処すればいいのか思案していた。
事の発端は数分前に遡る。
大輝と遊園地に行き家まで送ってもらったはいいけど、疲れてシャワーを浴びるのも億劫だとソファーでぐだぐだしていた時だった。
インターフォンが鳴り、大輝帰るの面倒になったのかなーなんてドアを開けると、そこには黒髪ロングの冴えない女がいた。
冴えない女、なんて普段他人には思わない。
けど私は黒髪ロングの清楚で純粋ぶった女にトラウマ……とは行かずとも嫌悪感を持っているから毒舌になっちゃうのはしょうがない。こういうタイプの女の子は大嫌いだ。
んで、その女は「和君とどういう関係ですか」と恨めしそうに問いただしてきた。
和君、和君って誰だろう。そんなん知り合いに居たっけ。客?元カレ?
記憶の引き出しを漁っていると、その女はお邪魔しますと勝手に部屋に入ってきた。何この図々しい女!
自分の図々しさを棚に上げて憤慨していると、ローソファーに勝手に座った。あー、私の定位置が。
疲れている上に勝手に部屋入られたら誰だってイライラすると思う。
そして現在、私は言った。
「和君ってダレ?疲れてるから早く帰ってくんない?」
「高尾和成。ご存知のはずですが。私が帰るのはお話が終わってからです」
「高尾……?高尾……?和成って……あぁ、和成くんね。和成くんって名字高尾って言うんだー。へぇー。ってか和成って本名だったんだ」
「先日、呼び出された和君がコンビニ袋を持ってこの家に入って行くのを目撃しましたので。抱き付いてキスもしていましたよね。どういったご関係ですか」
女は淡々とそう告げた。
私はイライラ鎮めようとタバコに火をつける。
先日……先日、あっ。サラダ買ってきて貰った時のことかな。でもあの時は私が呼び出したんじゃなかったはずだ。寧ろ大輝を呼び出したかった気がする。
でも余計な事は言わない方がいい。例え和成くんが招いた状況でも、和成くんが不利になるような事は言わない方がいいだろう。
「あー、あの日はサラダ食べたくなってパシっちゃった。チューはそのお礼……ってか私がしたかっただけなんだけどね」
「……で、どういうご関係ですか」
「そっちこそどういう関係?アンタも和成くんの客?」
「恋人です」
やっぱり彼女かー。暗にこっちは客だという言い方をしておいてよかった。何回か秀徳行ってたんだし嘘ではない。
「そういうのは和成くんと話し合ってよ。私ただの客だし〜。正直困るし迷惑なんだよね」
「……私は、貴女と話をつけたいんです!」
睨まれた。女って怖いなー。頭の中は(笑)で埋め尽くされる。かっこわらい。
こういう思考回路って女特有らしいよね。恋人じゃなくて浮気相手に怒りが行くってやつ。
女はずっと私を見ている。
そして、なぜかディスられた。
「厚化粧しなきゃ男にも相手にされないような、こんな下品な格好した女、和君は好きじゃないんです。二度と和君に近付かないで下さい」
何この女うざい。
私の沸点は低い。こんな事言われて黙っているほど優しくも穏やかでも平和主義者でもない。
和成くん、アンタが招いた事なんだからこれから私が言うことに怒ったり根に持ったりしないで欲しい。
「えー?和成くんアンタの身体に満足してないんじゃないの?毎回毎回大変だからアンタにもうちょっとセックスの技術磨いて欲しいんだけど。あとさー、私そこまで可愛くはないけど、スッピンでもアンタより可愛い自信あるよ。和成くんって本命の趣味は悪いんだね。あーあと、サラダ買ってきて貰った日は和成くんから来たいって言い出したんだよ」
私は笑顔で責め立てる。すると女は泣き出した。うわー。
先に喧嘩売ってきたのは女の方だ。私ワルクナイ。
イライラが収まらない私は、和成くんに「お前の彼女最悪なんだけど。連れて帰って」とメールを送る。
あー、やってらんない。ついでに大輝も呼び出すか。まだ駅に着いたかどうか怪しいくらいだ。
「sos!戻ってきて」それだけ送ってケータイを閉じる。
女が俯いてずっと泣いてる中、私は冷蔵庫からビールを数本取り出し、タバコを吸いながら流し込んでいく。
ビールの缶が二本空く頃、インターフォンが鳴った。
びくりと肩を揺らした女を無視して玄関に向かい、ドアを開ける。
するとそこには、大輝と和成くんが並んでいた。
「どーした?っつーかコイツ誰」
「名前ちゃん、さっきのメールどういう……」
「ほんっとイラつく。とりあえず二人とも入りなよ」
二人同時にウチに着いたらしい。
部屋の中に二人を入れると、和成くんが声を上げる。
「おま、なんでここに」
「和成くんの彼女でしょ。彼女くらい管理しとけっつーの。清志くんといいさぁ、本当めんどくせ」
言葉遣いが悪くなるのはしょうがない。和成くんはびくりと肩を揺らし、私に謝ってくる。
「疲れてるし本当イラついてんだよね。彼女さっさと連れてって。そんで二度と私に関わんないで」
「あー、俺話見えねぇんだけど、俺なんで呼ばれたんだ?」
「大輝いればイライラ収まると思って。ダメだった?」
「いや、ダメじゃねぇけど」
大輝はそう言って苦笑した。
無関係なのに巻き込んでちょっと申し訳ないと思ってるけど、他に私のイライラを鎮められる人が思いつかなかったのだ。
「大輝やさしー」
振り回されんのには慣れてんだよ。そう言って頭をポンポンされて少しだけ落ち着く。
そんなやりとりをしてる中、何故か和成くんは彼女を連れて帰るでもなく、微妙な顔をしてこちらを見ている。
「早く、連れて帰って。その子女の中で一番嫌いなタイプなんだよね」
「名前ちゃん、コイツ送ったらまた来るから」
「やだよ面倒くさいこと嫌いって知ってんでしょ。彼女にバレたんだからもう終わり。まぁ終わりがあるような関係でもなかったけど」
言ってから思った、これジャンヌの曲の歌詞使ってんじゃん。うわーはずかしー。
正直和成くんのことは気に入っていた。だから彼女がいると知っていてもバレなきゃいっかとキスもエッチもしてた。けどバレたとしたら別だ。恨まれて粘着されたらたまったもんじゃない。
和成くんだってそうだったはずだ。テキトーでゆるい関係だからこそ楽しんでいたはず。彼女との仲を壊してまで私に執着する理由はないはずだ。
和成くんはため息を吐き、彼女の横にしゃがみ込む。
「ほーんと、面倒なことしてくれたよな」
和成くんの言葉に彼女は肩を揺らし、更に泣き出した。
「泣き声ウザいから話すなら出てってからにしてよ」
思わずビールを二人にぶっかけようとすると、大輝の大きい手が私の手首を掴んだ。
「掃除大変だろ」
「知らない」
わかったから落ち着けって。そう肩を抱かれた私はタバコと真新しいビールの缶二本を持って寝室に移動する。
ドアを閉めても、隣から微かに泣き声が聞こえてきてイライラは収まらない。
「ほんっとウザい」
「何言われた?そこまでイライラするなんてなんか言われたんだろ」
「下品な厚化粧女的なこと言われた。厚化粧しなきゃ男にも相手にされないみたいな感じで。まぁ数倍ダメージ受けるようなこと言い返したけど」
隣の部屋にいる和成くんにも聞こえるような大きさの声で言う。このくらいしたっていいと思う。
大輝は顔を顰めた。
「女ってなんつーか、こえーな」
「その中でも私は最悪な部類に入るよね」
「自覚あんのか」
「えー、それなんかヒドイ」
「まぁ名前は名前だし、そのままでいいんじゃねぇの?」
大輝はやっぱり優しい。
大輝には本命の彼女いるんだろうか。いたらヤダなー。またこんな修羅場経験しなきゃいけないかもなんて絶対ヤダ。
ベッドに腰掛けている大輝に抱き着く。
「ねぇどうしよう。本当イライラして頭の血管切れそう。ねぇエッチしよ」
エッチすれば収まるかもしれない。
大輝を思い切り突き飛ばして覆い被さると、大輝は眉を寄せた。
「隣の部屋に人いんだろ。帰ってからにしろよ」
「わかった。じゃあシャワー浴びてちょっと気分転換してくる」
大輝の上から退き、部屋を出る。
隣の部屋では、女は相変わらず泣いていて、和成くんはタバコを吸っていた。
和成くんと一瞬目が合ったが、無視してお風呂場へと向かう。
シャワーを浴びてる最中も、浴び終わった後も苛立ちは収まらない。
乱雑に髪や身体を拭いて、下着姿で部屋へと戻る。
二人は帰ったかと少し期待していたけど、まだいた。うざい。
また和成くんと目が合い、今度は和成くんが反応を示す。
「ちょ、その格好」
「ここ私の家なんだけど、なんか文句あんの?」
この女に関しては、勝手に上がり込んだ客でもなんでもないヤツだ。気を遣う必要はない。
和成くんも大輝も、私の下着姿には見慣れてるから問題ない。
ほら全く問題ないじゃん。
「いや……」
チラリと女に視線を向けた和成くんに、更に苛立ちは募る。
私は女の横に膝立ちになり、綺麗な黒髪を掴んで乱暴に顔をあげさせた。
「いい加減泣きやみなようっとおしい。泣けばなんとかなると思ってんの?助けてもらえるとでも?で、私のスッピンみた感想は?言えよ!」
最後は怒鳴り、叩くように女の髪を離した。
和成くんは私を見て困ったような表情を浮かべている。
大事な彼女にこんな事をする私を嫌いになればいい。あぁイライラする。
私の怒鳴り声が聞こえたからか、大輝が駆けつけて私の顔を覗き込んできた。
「落ち着けって。つーか風邪引くから服着ろよ」
「イライラしてて暑いんだよ。今日は久しぶりに楽しい気分だったのにこの女に台無しにされた」
「遊園地ならいつでも連れてってやるから、な?わりぃ、最近コイツ情緒不安定なんだよ。普段ここまで理不尽に怒ったりしねぇんだけど、タイミング悪かったな」
「理不尽?私が?理不尽?」
「わりぃ、俺馬鹿だから言葉の選択間違えたな。理不尽じゃねぇよな」
大輝は優しいから私を宥めてくれる。
理不尽だってことは私が一番わかってる。
目の前の女が浮気された被害者だってことはわかってる。けど、どうしても苛立ちは収まってくれない。
「和成くんはさぁ、彼女連れて帰りもしないで何がしたいの?どうしたいの?私がこの女に苛立ってるのはわかるよね?キレさせたい?それとも修羅場見てたいの?」
「ちが、名前ちゃん、ごめん、俺は」
和成くんは苦々しい顔をした。
「和成くん、帰らないってことは私とは終わりにしたくないってこと?ねぇ、男ならはっきりいいなよ」
「あぁ……名前ちゃんの事は切りたくねぇよ、俺」
「それ、彼女の前で最低じゃねぇの」
弱々しく吐き出した和成くんを大輝が睨みつける。
女は更に泣き声を上げた。うるさいうるさいうるさいうるさい。
「和成くん、じゃあチューしてよ、今ここで」
和成くんの元へ膝立ちのまま移動し、女の泣き声を頭の隅に追いやるよう、首に絡みつこうとすると、背後から抱き留められた。
「名前、彼女の前で何しようとしてんのかわかってんのか?」
「……大輝はその女の味方なの?もういい!みんな出てってよ!みんないらない!嫌い!出てって!」
「そうじゃねぇって、落ち着けよ」
「ヤダ、大輝も和成くんもみんな嫌い嫌い嫌い」
あぁ私まで泣きそうだ。泣いたってどうにもならない。抑えろ抑えろ抑えろ。
「名前、大丈夫だから」
大輝の優しそうな声が聞こえ、振り向いて抱き着くと、背中を撫でられた。
「とりあえずお前ーー和成っつったか?外で彼女と話つけてからまた来いよ。今は名前も取り乱してっから」
「わかった……あー、迷惑かけてごめんな」
和成くんが後でまた来るからと言い、それからちょっとした後ドアの音が聞こえた。
「大輝、ごめん。嫌いなんて嘘。ごめんね。迷惑かけてごめん」
「気にすんなよ、俺とお前の仲だろーが」
今だに背中をさすってくれている手のひらの感触が心地いい。
大輝を呼び戻して居なかったらどうなっていただろうか。
前に働いていた店でキレた時みたいに、この部屋が地獄絵図のようになっていたんだろうか。
最近はあまりこんなことなかったのに。
「名前、疲れてんだろ?ちょっと寝とけ」
「大輝は?」
「俺も一緒に寝る」
「……うん」
ベッドまで連れてってもらい、大輝にくっつきながら微睡む。
疲れてるから、あの女が嫌いなタイプだから、ムカつくことを言われたから、私がここまでキレた理由はそれだけじゃないという事には気付かないフリをした。