名前ちゃんと別れた。っつっても別に今まで通り。
普通に会って遊ぶしヤることヤるし、しかも清志さんも名前ちゃんと別れたから清志さんに後ろめたさとか罪悪感とか感じないから楽。
でもひとつ懸念することと言えば俺の彼女。
最近何かを勘付き始めたのか、約束もしてないのに家の前で待ってたりということが多々ある。
やべーだろこれ。バレんのも時間の問題っしょ。
だけど名前ちゃんと会うことはやめない、やめられない。
別に名前ちゃんが好きなわけじゃない、はず。つーか好きになっちゃいけないタイプだあんなの。
あんなのって言ったら申し訳ないけど、好きになって平静でいられる自信がない。
もし惚れても他の男と一緒にいるとこ遭遇する可能性があんだろ?マジ無理だろフツーに。
あの時の清志さんの行動は至って普通だ。名前ちゃんは束縛されんのイヤみたいだけど。
俺も名前ちゃんも、お互い軽い感じだからうまく仲良くしていられるんだ。

なーんて仕事帰りにグルグルグルグル考えながら自分が住んでるアパートの前に着くと、ドアの前で彼女が蹲っていた。

「……なにしてんのー?」

「あ、和君!今日は早かったんだね」

「なにしてんの?」

彼女から俺が聞いたことへの返答はなかったからもう一度聞いた。

「今日明日は講義ないから、来ちゃった。和君も明日仕事休みでしょ?」

エヘヘなんて漫画みたいな笑い方をした彼女に寒気が走った。……彼女のこと好きだったはずなのに、大事だったはずなのに寒気が走るとかなんてひでー男だよ俺。

「はぁ、風邪引くぜ?それに俺もう眠ぃーからさ、」

今日は帰って今度にしよーぜ。なんて言おうとしたら彼女が言葉を遮った。

「和君が合鍵くれれば風邪引かずに済むんだから!とりあえず中入ろ?」

合鍵……合鍵ねぇ。それに入ろ?って俺の家だし。あーマジなんだかなぁ。
持っていた鍵を彼女が奪ってドアを開けたから後に続いて部屋に入る。
彼女は部屋の中を見て驚いていた。

「また掃除してない……!和君が寝てる間に掃除しとくね」

「いいから、な?俺シャワー浴びて寝るから」

帰れって。そういう前にまた言葉を遮られた。

「あー、洗濯物もこんなに溜め込んでる!」

ムスッっとした顔で彼女は俺の背中を押した。

「今着てるシャツも洗濯しちゃうから早くお風呂入っちゃって!」

なんで風呂入るタイミングも決められてんだよ俺。
言われるがままに服を脱いでシャワーを浴び始めた俺は思わず溜息を吐く。
仕事終わって帰ってきてシャワー浴びて寝て飯食って仕事行って、そんなんで掃除や洗濯する暇なんてあるはずがない。いや、暇なんて作るモンなんだろうけど、睡眠時間を削ってまで毎日したくねーよ。
出来るときにすればいいだろ?
最近彼女と居ても疲れるだけだ。なんで仕事から帰ってきて疲れなきゃなんねーの。
つーか一昨日名前ちゃんが来たときに部屋キレイだって言われたばっかなんだけどなー。
いや、名前ちゃん家と比べたらウチくらいの汚さでもキレイに見えるだけで本当は汚いってわかってる。
たまに掃除するだけの女よりも毎日掃除するようなキレイ好きな女の方がいいのはわかってる。わかってんだけどアレコレ口出しされんだったら掃除しない女の方がマシだ。
こうやってつい彼女と名前ちゃんを比べてる俺は間違いなくサイテー男。
清志は名前ちゃんに本気になって色々してくれる彼女サンと別れた。俺清志さんの二の舞踏むのかよ。ありえない。
名前ちゃんは大事なトモダチ。それ以下でもそれ以上でもない。


シャワーを浴び終えて部屋に戻ると、彼女は掃除していた。

「ベッドのシーツもたまには洗ったり布団干したりしなきゃダメだよー?」

そういいながらベッドの周りの物を片付けたりしている。
布団は一昨々日干した。ベッドシーツは昨日洗った。

「取り合えず俺寝るからさー、今日は帰ってくんねぇかな?」

やっと言えた。けど彼女は膨れっ面になるだけだった。前までは可愛いと思ってたのに、やっぱり寒気が走る。

「いいよ、和君が寝てる間に掃除しとくから」

いやそうじゃない、いいよじゃない。ゆっくり一人きりで寝たいという俺の考えは彼女に伝わってなかった。

「いつ帰んの?」

「明日休みだから今日明日は和君の家でゆっくりしようかなぁなんて」

「わかった。……じゃあ俺寝るな、オヤスミ」

「おやすみ」

寝る前のチューなんてしない。する気分じゃない。俺はちゃんとケータイにロックがかかってるか確認してからベッドに潜り込んだ。
だけど、カーテンが開いた窓からの日差しとか掃除の物音で寝れない。マジねーよ。
俺は彼女が掃除を終えるまで寝るのを諦めてケータイを弄ることにした。

「あれ?寝るんじゃないの?」

「掃除してんの気になって寝れねーから終わってから寝ることにするわ」

「気にしないでいいのに」

だから、そうじゃない。彼女が気になって寝れないんじゃなくて物音とかが気になって寝れないんだ。
なんだか遣る瀬無い気持ちになって俺は名前ちゃんに『家にいる?』とメールした。
もしかしたらまだどっかのホスクラで飲んでるのかもしれない。それとも家で寝てるのかもしれない。
そんな可能性を考えてると返信が来た。
『家でのみなおしてるやー!』
やー!ってなんだ。よー!って打ちたかったんだろう。笑いそうになるのを必死に堪える。ケータイ見て笑ってるのを彼女に見られたらまた不審がられる。
気付いたら『今から行っていー?つーか行くけど問題ないっしょ?』なんて送ってた。彼女が家に来てんのに。
名前ちゃんからは『サラダが食べたいのでサラダを買ってきてください』なんていう丁寧な返信が来てまた笑いそうになった。危ねぇ。事情を知らないはずの名前ちゃんから悪意を感じる。

別に名前ちゃん家行くだけだしスエットでいいよな。立ち上がってケータイと財布をポケットに突っ込んでダウンジャケットを羽織ると彼女が不思議そうな顔で見てきた。

「コンビニでも行くの?」

「先輩に呼ばれたから行かなきゃなんねーの、ゴメンな。今日はずっとウチいんだろ?もし帰るんだったら新聞受けじゃなくてポストの方に鍵入れといて」

「その格好で……?どうしてもいかなきゃダメなの?」

「先輩ん家行くだけだし電車も数駅乗るだけだし問題ねーって。ホストでも仕事の付き合いってモンがあるのわかるっしょ?」

「……でも」

「俺仕事のことにいちいち口出しされんのあんま好きじゃないんだけど」

「ごめんね、わかったここで待ってるね」

「イーコイーコ。じゃ、行ってくるわ」

嘘吐いたときや彼女の表情を見ても何故か罪悪感を感じなかった。
途中でコンビニ寄ってサラダの他にも一応弁当やお茶なんかも買って名前ちゃんの家に向かう。
名前ちゃん家の家の前についてインターホンを押すと、スッピンスエット姿の名前ちゃんが出てきた。
あぁこの姿見るだけでなんか安らげる気ぃするわ。

「和成くんサラダ買ってきてくれたー?」

名前ちゃんの第一声はサラダの心配。外寒かったでしょ?とかちょっとは俺の心配してくれてもいいっしょーなんて落胆。

「外すっげー寒かったんだけど、名前ちゃんあっためてよー」

「ギューしてあげよっか?」

楽しそうに笑った名前ちゃんは多分というか絶対酔っ払ってる。酔っ払ってなくてもこんなノリだけど雰囲気がなんか酔っ払い。

「じゃーサラダちゃんと買ってきた和成くんにご褒美のギューして」

ギューって口にしながら抱きしめられてチューまでしてくれた。すげー顔が緩んでんのが自分でもわかる。でもすぐに体は離れた。

「マジ外寒いー、早く中入ってよあったかい空気逃げちゃうよ」

「ワリ、お邪魔しまーすっ」

「和成くん何サラダ買ってきてくれたー?」

名前ちゃんは相変わらずサラダの話題ばっかり。どんだけサラダ食いたかったの。
まぁ夜職だと生活リズムとか食生活はひどくなるしたまに野菜めっちゃ食いたくなるのはわかる気がする。

「何が食いたいのかわかんなかったから何種類か買ってきたぜー」

「まじで!和成くんデキる子!」

「デキるっしょー?ついでに子作りもいっとくー?」

「作ろうとしてもピル飲んでるからデキないけどね」

笑いも照れもしなかった名前ちゃんはなかなかシビアで泣けてくる。いやこんくらいで泣かねーけど。
名前ちゃんの後に続いて部屋に入ると酒の瓶やビールの瓶は転がってるし洗濯済みであろう洋服はやっぱり畳まれないままカゴの倍くらいの高さまで積みあがってた。

「名前ちゃん洗濯物畳まねーの?」

「それ部屋で着るようだから皺になっても困らないし。ちゃんと外に着てくやつはハンガーにかけてあるよ」

「掃除はしねーの?」

「やる気あるとき纏めてやればよくない?」

「だよなー」

名前ちゃんの返答に頷く。説教でもされんのかと思ってたのか名前ちゃんは驚いた表情を浮かべたあと笑った。

「和成くんに叱られたらどーしよーかと思ったー。人の生活に口出しする人ホント無理ぶん殴りたくなる」

ぶん殴りたくなるとか名前ちゃんの口から出るとか、ビックリしたんだけど。今度は俺が驚く番だった。
名前ちゃんは梅酒をグラスに注ぎ、サラダをつまみにしてロックで飲みだした。しかもめっちゃハイペース。

「名前ちゃん何時から飲んでんの?」

「今日は始発でカイジョウってホスクラ行って飲んで、みんなアフター空いてないって言うから仕方なく家に帰ってきてシャワー浴びて飲んで」

「ちょ、どんだけ飲んでんの」

「んー、わかんない。でも飲みたい気分だしいくら飲んでもオッケー」

「何がオッケーなのか俺よくわかんねー……」

「今は家だし誰にも迷惑かけないしー。あ、和成くん来ちゃったから和成くんには迷惑かけるかも」

「あー、俺眠ぃから酔っ払いの相手できるかわかんねーよ?」

「眠いのにナゼ我が家に来たのだ」

「ちょ、なにその口調」

「ラスボスっぽい口調で言ってみた」

なんだよラスボスっぽい口調って。名前ちゃんドヤ顔だしまじ意味不明。

「わけわかんねー!でも名前ちゃんのそんなとこ好き」

「私も和成くんのちゃんとツッコミ入れてくれるとこスキー」

ダイキは呆れた顔してみてくるだけなんだよー!なんて名前ちゃんの言葉に固まった。
ダイキって誰だよ。名前ちゃんのこと本気で好きじゃないハズなのにもやもやする。
名前ちゃんはダイキってやつの物真似をし始めた。

「大輝って基本的に眉間に皺寄ってんだよウケる」

「いや名前ちゃん、俺そのダイキって誰か知らねーんだけど」

「えー大輝知らないとかなんで?桐皇の大輝だよ」

桐皇……ってホスクラか。店の名前は知ってる。つーか名前ちゃん他のホストの話なんて普段はしない。
酔っ払ったときの友達とのノリなのか、それともそのダイキってやつをつい話題に出しちゃうくらい名前ちゃんの中で大きい存在なのか。
名前ちゃんの話をテキトーに聞き流しつつ俺はケータイでホスト情報サイトを調べた。
桐皇のオフィサはすぐに出てきた。んで大輝ってヤツの宣材写真もすぐに出てきた。
色黒で短髪のその男には見覚えがあった。前に、名前ちゃんと一緒にこの家に入ってったヤツ。
さらに俺の心はもやもやで支配される。

「なー、大輝ってどんなヤツなの?気になるから俺にも教えてよ」

「まさか……和成くんってホモだったのなにそれヤダ引くわ」

「んなわけねーよ!ほら、同じホストとしてどんなヤツか気になるっつーの?」

「大輝はねー、見た目おっかないけどめっちゃ優しくて何気にノリいいんだよー」

そこから名前ちゃんの口は止まらなかった。
酔っ払って呼び出しても店早退していつでも駆けつけてくれるとか、彼氏いるときは手出してこないとか、どんなに病んでもうっとおしがらないで世話してくれるとか、おっぱい星人だとか、デコフォイになれるだとか、ナイトで王子サマだとか、褒め言葉しか出てこなかった。
いや、おっぱい星人は褒め言葉じゃない、貶してると思いたい。そしてデコフォイに関してはなに言ってんのかマジわかんねー。
話を聞いてる限り今の俺じゃ勝ち目はないって思った。兵士長以上の強敵。
いや勝ち目があってもなくても関係ねーだろ。敵でもねーだろ。俺名前ちゃんにガチ恋してる訳じゃねーし。
そして俺の心境なんて知るわけもない名前ちゃんは爆弾発言を放った。

「あー大輝の話ししてたら大輝に会いたくなってきたー。でもさすがにこの時間じゃ寝てるだろーなあ」

名前ちゃんは不服そうな顔でケータイをチラ見した。
ありえない。やっぱり名前ちゃんみたいな女は好きになったらダメだ。
俺と一緒にいるのに他の男に会いたいとか言うなんてありえない。なんて女だよ。
彼女家に置いて名前ちゃんのとこに来た俺が言えたもんじゃねーけど。

「なー、名前ちゃんヒドくね?俺がいるっしょー?」

なるべく冗談っぽく聞こえるように肩を抱きながら言うと、名前ちゃんは「大輝じゃなきゃヤダー」なんて言いやがった。

「怒っていー?」

俺が頑張って作った笑顔で言うと今度は「アハハ、清志くんみたい〜」なんて爆笑してる。
俺は名前ちゃんに優しくしてきたつもりだ。彼女でもないのに(一時期ノリで彼女だったけど)結構大事にしてるつもりだ。
そんな俺が、優しい和成サマがキレそう。
相手はありえない量の酒を飲んでる酔っ払い、我慢しろ。理性がそう言ってるのに感情は言うこと聞いてくれない。

「とりあえずメールだけしてみよ」

名前ちゃんがケータイを開いた所でプツンときた。

「なー、名前ちゃん今俺がいんのわかってる?」

「ん?和成くんはサラダ買ってきてくれた救世主サマだし当たり前じゃん」

「じゃーなんで他のヤツに連絡すんの?」

「だって大輝に会いたいんだもん。うわ私がだもんとかキモー」

自分の語尾に自分でツッコミ始めたけどそこは重要じゃない。その前に言ったことが重要。
俺と居ても大輝ってヤツに会いたいらしい。意味わかんねー。

「俺が満足させてやっからさ、他の男に連絡なんてすんなって」

キレるといっても名前ちゃんを殴れるわけはない。名前ちゃんがグラスを持ってるのにも関わらず押し倒す。

「つめたっ」

グラスの中身が上半身にかかって顔を顰めてるなんて気にせず、名前ちゃんからグラスを取り上げて覆いかぶさる。
多分名前ちゃんがシラフのときにこんな束縛っぽいことしたら清志さん相手みたいな態度取られるはずだけど、今は酔っ払ってる。多分ビビんなくても平気。

「ねぇ冷たいー」

「今脱がしてあげっから待って」

体を一旦起こさせてスエットと長ティーを脱がせると名前ちゃんは身ぶるいした。暖房がついてるとはいえ服を着てないとさすがに寒いんだろう。

「てか私今日ヤる気分じゃないんだけどー。なんか服取ってよ」

「ちょっと黙って。大丈夫だから」

「ダイジョーブじゃない服取ってってば」

「いいから黙れって」

それからは半ば無理矢理ヤる形になった。途中で無抵抗になった名前ちゃんにちょっとの罪悪感を感じたけど怒りの方がデカい。
普段ならその気じゃなくてもヤってるうちに濡れる名前ちゃんが全く濡れなかったから俺もちょっと痛かった。そして「マジ最悪」ってつぶやいて俺を押しのけてベッドに潜り込んだ名前ちゃんに心も痛くなった。

すでに寝息を立てていた名前ちゃんを見たら自分も眠かったことを思い出して、隣に潜り込んで寝ることにした。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -