久々に客の入りが悪くて早めに店仕舞いした秀徳を出て、どこにも寄らずに家へ帰ろうと最寄駅から自宅までの道を歩いていると、前方に見慣れた名前ちゃんの姿。
そしてその隣には知らない男が寄り添っている。多分見た目からしてホスト。
そして俺を一番驚かせたのは名前ちゃんが泣いていたことだ。俺泣き顔とか見たことねーよ。この時ばかりは自分の視力の良さを呪った。
気になった俺は後をつける……と言ったら聞こえ悪いか、まぁ同じ方向だし名前ちゃんたちを観察しながら後ろを歩いた。
俺の家近づいてきたしここまでかなーなんて思っていると、名前ちゃんたちがとあるアパートに入っていったからそちらを見る。
名前ちゃんがバッグから鍵を取り出しているところを見ると、そこに名前ちゃんが住んでるっぽい。
つーか俺家入れてもらったことねーんだけど。誰だよあのホスト。何故か苛ついた俺。そこから5分くらい歩いて自分の家へと戻った。
シャワーを浴びてベッドへと潜りこみ、気がつくともう夜だった。
やべー腹減ったわ。起き上がって冷蔵庫を覗き込むも中に入ってるのはビールのみ。舌打ちしつつケータイを取り出した。
名前ちゃんのケータイへと発信すると、数コール目で出た。

「はい」

何だか声が暗いような気がする。気になりながらも俺はいつも通りのテンションで声を発した。

「もしもし名前ちゃんー?今から暇?俺と飯食いに行かねー?」

「あー、ごめん食欲ないや」

「どーしたの?ちゃんと食べなきゃダメっしょ」

「外出る元気もないからマジごめんね」

「じゃー俺がなんか買ってこっか?」

「人と会いたくない今死にそうだから」

もしかしたら朝のヤツがまだ家にいるんだろうか。でも名前ちゃんはわざわざ嘘つかねーだろーし。
つーか朝他のホストと一緒に居たじゃん。アイツは良くて俺はダメって何?

「家なんか食うモンあんの?」

「ない」

「じゃー買ってくから待ってて」

「まじ無理ホント無理ごめん」

頑なに拒否されるとさすがの俺でもちょっとヘコむ。そのまま電話切られちゃったしどうするか悩む。
やっぱ他のホストが家にいるから無理なのか?まぁ行ってみれば分かることでしょとコンビニで色々と買って名前ちゃんのアパートまで向かった。


 * * *


インターホンを何度鳴らしても出ない。死にそうとか言ってたしマジ死んでんじゃないよな?不安になって電話を何度かかけると、やっと出た。

「はい」

「名前ちゃん?今俺名前ちゃん家の前来てんだけど」

「あぁ、鳴らしてたの和成くん……ってなんで知ってんの?」

「前名前ちゃんが入ってくとこ見たからさー」

「あぁ、そーなんだ」

「ここまで来たのに追い返すなんてないよな?」

そのセリフに電話を切られた。マジで。結構仲良いと思ってたんだけどなー。
なんて考えてたらガチャリとドアが開いた。

「和成くん……」

名前ちゃんは表情もなく死んだような顔をしていた。
でも女の子にそんなこと言っちゃダメだよなと飲み下した。

「おっ、やっと出てきたー入っていー?」

「うん」

名前ちゃんが支えていた腕を離して閉まりそうになったドアを止める。頷いたしお邪魔するかと中へ入ると、名前ちゃんの香水の匂いがした。あー、この匂いムラムラすんだよなー。

「名前ちゃん元気なくねぇ?」

「うん」

どうやら喋る気力もないらしい。ソファーやテレビが置いてある部屋を通ってもう一つの部屋へと入った名前ちゃんはそこにあったベッドへと倒れこんだ。
俺も名前ちゃんの隣へ横たわる。

「和成くんが愚痴とか悩みを聞いてあげるのだよ」

正直名前ちゃんにこんな態度を取られたことがなかった俺は戸惑っている。だから真ちゃん口調で茶化すように言った。

「悩みなんてないよ。なんか全部イヤになっただけ」

それ悩みがあるより深刻じゃね?なんて思った俺は名前ちゃんの頭を撫でることにした。
名前ちゃんは顔を伏せたままその後一言も喋らなくなってしまった。

「なー名前ちゃん、飯食おーぜ」

返事はない。俺腹減って死にそう。

「俺食べてきていい?レンジ借りるよ?」

「うん……」

「うそ。腹ペコだけど名前ちゃんが食わねーなら俺も食わねーよ」

正直俺の腹は我慢の限界。でもこの状態の名前ちゃん放置して自分だけ飯食うってどーなの。
俺は名前ちゃんの頭を撫で続けた。そしてあろうことか弱ってる名前ちゃんに欲情し始めてしまった。
腹が減りすぎて性欲と勘違いしたのか?どーなってんだよ俺の体。

「名前ちゃん、俺が全部忘れさせてやろっか」

「うん」

「へ?いいの?」

「うん」

名前ちゃんがやっと顔を上げたと思ったらその瞳は涙で濡れていた。
唇を寄せて涙を舐め取り、美味しいと思った俺は頭が可笑しいのかもしれない。
そのままうつ伏せから仰向けになるよう名前ちゃんの体を回転させて覆いかぶさる。

「実は名前ちゃんの泣き顔見て興奮してる……ゴメン」

「うん」

名前ちゃんは顔を歪めた。多分笑いたかったんだろうけど笑えてない。
俺は笑ったと勝手に解釈してコトを進めることにした。


 * * *


ヤり終えたあと、名前ちゃんは起き上がっていつも通りの笑みを浮かべた。

「おなかすいたー。ご飯食べよ」

「おー、もう俺まじ腹減って死にそーなんだけど」

全てがいつも通り。さっきの名前ちゃんは幻覚だったんじゃないかってほどに。
だから俺もいつも通り接する。なぜ病んでたのか問いかけたって逆効果だ。
多分言っていた通り理由なんてないんだろう。俺もたまにそういうことあるし。
二人でくだらない話をしながらコンビニ弁当を食っていると、ジーンズのポケットに入ったケータイが震えた。確認すると、それは彼女で、どうしようか迷っていると名前ちゃんが口を開いた。

「黙ってるから出ていーよ」

多分彼女だと気付いたんだろう。そう言ってくれるなら出ないわけにはいかない。俺は通話ボタンを押した。

「どーしたの?」

「和君家にいないの?」

「あー、今出先なんだよなー」

「この前、今日行くって言っておいたのに」

いつの話だ。心当たりがない。最近俺は彼女の話を聞き流しているから、それが原因なのは分かりきっていた。
電話先の彼女の声は酷く落ち込んでいるようだ。

「まじゴメンって!今度埋め合わせすっからさー」

「じゃあ遊園地とか行きたいな」

「遊園地な、わかったからもう切るぜー?」

俺は電話を切った。名前ちゃんは弁当を食べ終えたのか漫画を読んでいる。
電話の内容について聞いてきたりしないし、やっぱ名前ちゃん最高。
俺は名前ちゃんの隣に移動し、抱き締めた。名前ちゃんは気にする様子もなく漫画を読み続けた。それに寂しいと思ってしまった俺の心……意味がわからない。
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