※高尾と彼女の話。高尾がゲスい。本編夢主のことをどう考えているのかとか書かれてる
俺はホストをやっていて、三年付き合ってる彼女は真面目で平凡な子で、正直価値観は全然合わない。
だけど付き合ってられるのは、やっぱり愛があったからで。
でももうそろそろ限界かもしれない。
「ねえ和君、和君は何歳くらいで結婚したいと思うー?」
俺の家に遊びに来ていた彼女が、なにやらケータイを弄りながら問いかけてきた。
結婚ねー、正直考えたこともない。でもそんなことを言ったら彼女は落胆するんだろう。
「んー、やっぱ30歳くらいが適齢じゃねー?」
「そ、そうかな」
「早く結婚すりゃいーってモンじゃないっしょ」
「高校の時同じクラスだったあの子がね、結婚するんだって」
彼女が傷付かないように笑って言うと、見知った名前を出された。
これはもしかして急かされてるんだろうか。俺結婚なんてしたくねーよ。
俺と彼女の出会いは高校一年の時のことだ。同じクラスになって、そんときはあんま喋んなくて。三年前に再開していつの間にか付き合うことになった。
「結婚したら好きな人と毎日一緒にいられて、好きな人の子供生んで、絶対幸せだよねー」
「夢見がちだなー。そんなとこも可愛い」
彼女はとってつけたような可愛いという言葉に気付いただろうか。少し照れたような表情からして気付いていないんだろう。
女ってこういうとこめんどくせーよな。永遠の幸せなんてないに決まってんだろ。
そもそも俺はホストだ。ホストが旦那や父親なんてロクな家庭になるはずない。
俺は気付かれないように溜め息を吐き、タバコに火を点けた。
「和君タバコやめないの?」
「やめてほしーの?」
「うーん、お金の無駄じゃない?」
金の無駄か。少しイラついたけど顔や態度に出さないように気をつける。人の嗜好品に口出さないで欲しいな。そういえばあんま覚えてねーけど俺も前誰かにもったいないだとか無駄だとかそんなこと言った気がする。誰だっけなー。相手もこんな気持ちになったんだろうか。思い出せない人、ゴメン。
俺がタバコ吸ってその瞬間満足してるのに、彼女から見たらそれも無駄なことなんだろうか。
短くなったタバコを灰皿に押し付け、もう一本取り出した。
「あぁ……!また吸ってる!」
「別に俺の金で買って俺の部屋で吸ってんだしいいっしょ?」
「それはそうだけど……」
彼女は少し不満げだ。俺は「ちょっとくらい許してよー」と笑って言ったつもりなんだけど、ちゃんと笑えていたかはわからない。
最近彼女と過ごすのが少し苦痛になってきていた。いつからだったかな、キャッチ中に名前ちゃんと話すのが一番安らげる時間になったのは。
もちろん目の前にいる彼女は大事だ。名前ちゃんと店外してんのもバレないように気をつけている。でもたまにバレちゃえばいーのになーなんて考えることもある。
ボーっとタバコを吸っていると、彼女が俺の指に視線を注いでいる。
「ねえ、それ消す方法ないの?」
「なんで?」
「だって、いくら若気の至りって言われたってやっぱ彼女として嫌でしょ?」
「そーいうモン?」
「そういうモノなの!」
「じゃー俺の名前彫ればいいんじゃね?」
「自分の体傷つけるとか親に申し訳ないし、それに私が入れたとして和君は私の名前彫ってくれなさそうだし」
ふくれっ面になった彼女を可愛いなーと思う反面、心底うっとおしいと思う俺がいる。
正直そういう束縛とか独占欲的なのいらねーから。俺はもうペアリングでさえ持ちたくないと思っている。
コレを消したとして、彼女がずっと俺の隣にいる保障なんてどこにもない。元カノとだって一緒に薬指に墨入れたにも関わらずすぐに別れたし。
「せめて私とお揃いの指輪とか上からつけてよ」
「墨ならホントのこと言えばいいけどさー指輪だと客に色々言われちゃうんだよね」
「いつまでホスト続けるの?」
「あのさー、今仕事やめたら俺食っていけなくなるワケ」
諭すように言っても彼女は不満そうだ。
もう俺のすることなすこと気に食わないんだったら別れりゃいーじゃん。
清志さんと予定あっからと彼女を帰した俺は隣駅に名前ちゃんを呼び出した。
そんでバーに連れてったら名前ちゃんはバーに慣れていなかったらしい。
そして彼女と同じように名前ちゃんもタバコを挟んでいる俺の手に視線を注いだ。
事情を説明すれば名前ちゃんは笑いながらやんなくてよかったと言った。
どうやら名前ちゃんと俺の価値観というか今まで過ごしてきた人生は似ているっぽい。
試しに俺の名前彫るか聞いたら笑って流された。本当、そういうとこ気に入っちゃうよな。他の客や彼女みたいに独占欲なんて俺に向けてこない。
バカみたいに内容もクソもないくだらない話をして何故か満たされた俺は、名前ちゃんを家に誘った。
「私払うよ」
その言葉は丁重に断った。俺に安らぎをくれたささやかなお礼だ。
* * *
今日の名前ちゃんは色々とヤバかった。何回かヤったことあるけどいつもと違った。
ヤったあとはさっさとタバコ吸ったりし始める名前ちゃんが俺にくっついてくる。
それをうっとおしいと思わないのは、多分そこに愛を感じないからだと思う。ただの気まぐれだと分かるからこそ、その気まぐれを俺に見せてくれたことにまた満たされて喜ぶ。
名前ちゃんに恋人だとか重苦しい関係を求めているわけじゃない。こうやって軽いノリで一緒に居てくれることに価値がある。清志さんのことゲスいとか言えねーな俺。
でも、たまに清志さんに取られるんじゃないかと思うと焦る自分自身がよくわからない。
「名前ちゃん結婚しよっかー」
結婚願望なんてないくせについ口から言葉が零れた。
名前ちゃんならきっと俺の満足する返答をくれるに違いない。そんな確信からつい言ったくせに、もし本気で頷かれたらどうしようかとちょっと緊張。
その緊張は名前ちゃんの返事で吹き飛んだ。やっぱり名前ちゃんはイイ子だ。
風俗嬢とホストが幸せな家庭を作れるわけがないとわかってるんだろう。
やっぱりいつもの軽いノリで大好きと言った俺に、名前ちゃんは楽しそうに笑った。
* * *
翌朝、というかもう昼だけど名前ちゃんはここから家ちょう近いから!って徒歩で出て行った。
名前ちゃんは証拠隠滅ー!とか言いながらコロコロクリーナーかけて髪の毛落ちてないか確認してから帰
って行った。なにあのデキる子。つーかやっぱ彼女のモンに気付いてたか。
「和君笑ってどうしたの?」
夕方、遊びに来た彼女は俺の顔を覗き込んで不思議そうにしている。
名前ちゃんのことを考えていたからか、一瞬名前ちゃんだと思ってキスしてしまった。
香水も何もつけていない彼女はシャンプーの匂いがして、名前ちゃんと違うその違和感にすぐ唇を離す。
「香水とか付けねーの?」
「香水って臭くない?それに男ってシャンプーの匂いとかが好きなんでしょ?」
ここに香水の匂いの方が好きな男がいんだけどなー。でも黙っておくことにした。
彼女がそう思ってるならそれでいい。香水の方が好きといったら面倒なことになるのは分かりきっていた。
彼女は無言を肯定だと受け取ったのか笑った。あー、もうなんだかな。
「タバコも吸わねーの?」
「将来子供できたときのこと考えたら吸う気なんておきないよ」
「幸せな考えだなー」
「そうかな?」
嬉しそうに笑った彼女は俺の嫌味に気付いていない。
将来のことを考える余裕がある彼女は不幸を知らない幸せな人間だ。
名前ちゃんはタバコを吸っている。ただ後先考えないバカなのか、その余裕がないのか、どっちなのか俺は知らない。
最近名前ちゃんのことばかり考えている。なんでだろうな。