私は泣きながら桐皇に来ていた。なんで泣いてるかは自分でも分からない。多分ただ情緒不安定になっただけ。
夜の仕事をしているとよくこういうことがある、らしい。というのも私は普通に昼の仕事してる方が精神不安定になるからわからないのだ。
だから私がこうなるのは珍しかった。卓に来た大輝は珍しくうろたえていた。
「お、おい、どーしたんだよ」
「もーわかんないよー!全部やだよー!」
「とりあえず涙と鼻水拭けよ、ほら」
「うー……」
大輝にティッシュを手渡され、恥ずかし気もなく鼻をかんだ。大輝は笑うことなく隣に座って肩を抱いてくれた。
「なんか嫌なことでもあったか?」
「特にないぃー。敢えていうなら全部がイヤ」
「俺もイヤか?」
「イヤなら来ないよバカが!」
慰めてくれてるのについキツく言ってしまった。でも今日くらい横暴な態度も許して欲しい。大輝は困ったような表情を浮かべ、ライターを私の目の前に差し出した。
「おら、タバコでも吸えよ落ち着くから」
「うん」
言われた通りタバコを取り出して咥えると、火を点けてくれたから煙を吸い込む……。
「ヒック」
けどひゃっくりが出始めて上手く吸えなかった。もうヤダ。まじでヤダ。とりあえずタバコは灰皿に置いといた。
「うっ、もうヤダ……横隔膜でさえ私をバカにしがやる……」
「おい、泣くな大丈夫だ横隔膜が肺を休ませようとしただけだ」
大輝はなんとかして私を慰めようとしている。でもそれは逆効果でまた涙が出てくる。
「大輝、もう、ヒック、助けてよ全部、ヒック、イヤだよ」
「助けてやっから。何して欲しーんだよ」
「とりあえず、ヒク、ひゃっくりとめて」
泣きながら言う私に、大輝は口付けてきた。そんで鼻もつままれた。苦しい息できない苦しい。本気で苦しくなって大輝の肩を叩くと、大輝は唇を離して首を傾げた。
「大輝は私を殺す気なの死んで欲しいのなんなのおおおおおお」
「でもひゃっくり止まったろ?」
私が泣き喚いていると大輝はニヤリと笑った。あれ、と気付けば止まっているひゃっくり。
あー、息とめたからか。大輝がカミサマに見えた。
「あっ、タバコ燃え尽きてるし……私のタバコが……」
「新しいの吸えよ」
「たかが一本でも大事だよタバコ……うええええ……」
「俺が後で買ってやっから気にしないで吸え」
大輝は私のシガレットケースからタバコを取り出して、口に突っ込んできた。から大人しく咥える。
「もうまたひゃっくり出たらどうしよう……そしたら潔く死ぬわ……」
「死ぬな生きろよ。ほら」
火を点けてもらって吸い込むと、今度はひゃっくりは出なかった。
「ねえひゃっくり出なかった……死ねない……」
「お前ここ来る前どっかで飲んできたのか?」
「一滴も飲んでない……こんな遅い時間に来たのは待機所で死んでたから」
ボロボロと涙を零しながら病んでるっぽい発言している私を酔っていると思ったんだろう。
そしてもうすでに9時過ぎだ。いつもなら始発で来るからなー。待機所のソファーで死んでた私のせいで原澤ちゃんの帰宅が遅くなって申し訳ない。
そしてお酒も飲んでないのにこんなにホストに絡むウザイ人間は死ねばいいと思うよ。
大輝はおでこを抑えてなにやら考え込んでいる。ごめんね悩ませちゃってごめんねもう私本当生きてる価値ないや。
「名前、なにかしたいこととかあるか?」
「なんもしたくないよずっと寝てたいよ」
「じゃーもう俺早退すっから寝ようぜ。寝れば元気出んだろ」
「罰金取られるよ……」
「一応翔一サンには説明すっけど、罰金取られても大した額じゃねーし」
大輝はちょっと待ってろと言い残して去っていってしまった。
あーもう本当私なにしてんだろ。こんなことなら初回荒らしして初対面のホスト困らすほうがマシだったかも。大輝に申し訳ない。
私がテーブルに突っ伏して死にかけていると、大輝が戻ってきた。
「早退の許可取ったから行くぞ」
「会計はー」
「俺の奢りだから気にすんな。ほら立てよ」
今日の大輝まじ優しい。感激しながら立ち上がって大輝に手を引かれて桐皇を後にした。
* * *
電車で私ん家の最寄り駅に大輝と来て、現在徒歩で私の家まで向かっている。
普段誰も家に上げないけど、大輝だけは一回だけ家に入れたことがある。だから今日もうちに入れてもいいやって私ん家に行くことにした。
15分ほど歩いていると、私の住むアパートへとたどり着いた。
「来んのすげー久々だな」
「そーだねー……」
鍵をさしこんでドアを開けると、大輝が先に入ったのでドアを閉めて鍵も閉める。
「もうお風呂もヤダよーでも入んなきゃ気持ち悪いし」
「チッ、じゃあしょーがねーから俺が特別に洗ってやるよ」
「やったー……」
「感情こもってねーぞ」
「もうカンジョウってナンデスカ」
お風呂に直行した私は大輝に全部洗ってもらった。そんで拭いてもらってドライヤーもやってもらった。
全部やってもらったにも関わらず疲れた私はベッドへと倒れこむ。
「俺もシャワー浴びてくるわ。一人で平気か?」
「うん、たぶん」
私の言葉に大輝は寝室から去っていった。私は大輝が出てくるのを待つ暇もなくそのまま眠りについた。
* * *
目が覚めると大輝に抱き締められていた。
身を捩ると大輝の眉間に皺が寄る。そして薄っすらと開いた瞼。
「はよー。もう大丈夫そうか?」
「わかんない」
なんか無気力だ。やる気が出ない。もうしばらく仕事休んじゃおうかな。私がそう言うと大輝は頭を撫でてくれた。
「おー、休みたいなら休め。もし生活費足りなくなったら貸してやるよ」
「くれるんじゃないんだ」
「あげねーよ」
「ケチー」
ちょっとした無駄口叩く元気はあることに大輝は安心したみたいだ。その顔に私も安心し、大輝の胸板に擦り寄る。
「俺しばらくここに居てもいいぜ」
「んー、だいじょうぶ」
「大丈夫そうじゃねーよ」
「だいじょうぶだよ」
私は大丈夫だ。また数日すればいつも通りの私に戻ってると思うよ。
だから次会うときは何事もなかったかのように接してくれると嬉しい。