部活にも授業にも真面目に取り組み始めたオレを見て、周りは皆驚いていた。
一番驚いていたのは彼女だった。無理しなくてもいいよわたしは祥吾がどんなんでも側にいるし何しても味方だから。そう言った彼女はオレを甘やかすのがうまい。だが前と同じ通りに生活したら彼女が離れて行ってしまう。
オレは彼女の負担にならないよう、真面目にやるのも意外と楽しいからとだけ返した。
もしこのまま付き合っていけたとしても、オレがちゃんとしなければやっぱり彼女は他の男と結婚してしまう気がした。
思い出した事がある。彼女は結婚に夢を見ていなかった。好きな男と結婚するよりも、暴力を振るわず酒とギャンブルに溺れずきちんと稼いでくるまともな思考の男と結婚がしたい。結婚出来る年齢になってから暫く経って、ふと雑談中に言っていたのだ。
彼女の家庭環境はよろしくなかった。オレん家もお世辞にも良いとは言えないが、彼女の家は誰が見ても悪いと言うだろう。
そこでふと、気付いてしまった。昔は放課後はよくオレがそこら辺のヤツからカツアゲした金でゲーセンに行ったりファミレスで飯食って時間潰したりして遊んでいた。オレが部活に取り組んでいる間、彼女は何をして何を考えているんだろう。
唯一の家族の母親は男の所へ行って滅多に帰って来ないと言っていた。中学生のガキが寂しく思わないはずがない。前のときはしょっちゅうオレといてバカみたいに笑ってた。
部活が終わり、そのまま暗い夜道を歩いて、珍しく疲れた身体に鞭を打って彼女の家へと向かう。
辿り着いてインターホンを押すが、音が鳴った様子はなくドアをドンドンと叩く。
「オレー。開けろ」
間をおいてドアが開く。彼女は笑いながら出迎えてくれた。
「オレオレ詐欺かよ」
「親は?」
「いないよー、入る?」
「おー、おじゃま」
我が物顔でズカズカと入ると、居間のテーブルには食べおわったばかりであろうカップ麺があった。寄り添って床に座りながらツッコミを入れる。
「お前料理出来ねえの」
笑いながらそう言ったが、彼女の料理がウマい事はオレが一番知ってる。しょっちゅう彼女の一人暮らしの家に押しかけては
飯を作ってもらっていた。唐揚げに関してはオレ的に世界一ウマいと言える。
だがしかし過去に戻ってからは彼女に飯を作ってもらったことはまだない。久々に食いてえな。
彼女はオレの台詞に笑いながら答えた。
「今月まだ親帰ってこなくてさー、お金やばいんだよね。自分で作るよりカップ麺一個のほうが安上がりじゃん?」
ここ最近彼女が痩せた気がしていたが、もしかしてオレがファミレスに連れて行くことがなくなったせいだろうか。
「親と連絡つかないしさー、自分で稼ぐしかないかな」
そう言った彼女はなんだか泣きそうに見えた。つーかこんなん無理だろ。オレが泣くわ。
「オレが金どーにかしてやろうか?」
彼女との将来のために真面目になる。そう決めたものの目の前の彼女をないがしろにするためじゃない。カツアゲするか、部活を辞めて新聞配達でもするか。どうするかと考えていると彼女は大丈夫と笑った。
「祥吾が頑張ってんの邪魔したくないし」
「邪魔じゃねえよ。それかオレん家で飯作って待ってるか?うちの母親仕事忙しくて滅多に帰って来ねえけど、食料は色々置いてあるぜ」
中学生のオレが他に出来ることと言ったらこのくらいしかない。
昔の、大人だった頃のオレは、食事に有りつくのさえ苦労してきた彼女が買った食材で飯作らせても何も感じなかった。女を売りにして稼いだ金だとわかっていながら、だ。オレがウマいじゃんと一言褒めるだけで彼女は嬉しそうに笑うのだ。Win-Winじゃねぇかとさえ思っていた。好きだと自覚した状態で彼女を見ているとこんなにも胸が痛むのか。泣きたい。