肌寒くなってきた10月。
色々とあって親友の家に居候することになった。語り出すと長くなるので詳しい話は割愛する。
1年半続けたケーキ屋のバイトは今日で辞めた。
店長が餞別にとフルーツワインをくれたけど、あの人は私が未成年だとわかっているんだろうか。
家に帰り、数本あるフルーツワインをグラスに注ぎ、煙草を空いながら自分の部屋で一人寂しく晩酌する。
ほどよくアルコールが回ってきた脳内に思い浮かぶのは和成の事ばかりだった。
出会ってから3〜4ヶ月。未だ望んだ進展はない。いつも通りたまに会ってはくだらない話をして身体を重ねるだけ。
和成はナンパするのが好きらしく、わざわざナンパしに行ってくるだのしてきただの私に報告して、ムカついた私が久々に同級生の男を自宅に招いて和成に叱られるなんてことはあった。けどやっぱり進展はない。
そもそも付き合ってないんだからと私は怒るのも泣くのも我慢して自分も同じようなことをして気を紛らわせていたのに、なぜ私だけ叱られなきゃいけないんだ。大人になればこんな風に傷つかないようにと予防線を張らなくても大丈夫になるんだろうか。
ワインボトルが空になる頃。私のケータイから着うたが流れた。
Dir en greyの予感という曲に、ピンクのランプ。全て和成指定のもの。
考え込んで急降下していたテンションが僅かに浮上した。
折りたたみケータイを開くとそこにはメール受信画面ではなく着信を告げるもので、私は切れる前にと通話ボタンを押す。
「もしもーし」
「もしもし?俺、起きてた?」
「センチメンタルに一人淋しく晩酌してた」
和成は私の台詞に笑う。
電話の向こうは何やら賑やかだった。
「明日からこっちくんだろ?」
「うん、ホナミの家にお世話になる」
「今ホナミん家で飲んでんだけど、泊まって名前が来るまで居座ることにするわ」
「マジ?嬉しい」
「あとレイナもいるぜー。お前の写メみて可愛い会いたいって前から騒いでたんだよ」
和成の口から唐突に出てきたレイナという名前に一瞬思考が止まった。が、急いで頭を働かせ口を開く。
「可愛いとか照れるー。ねえ和成ー、明日駅まで迎えにきて欲しいな」
「なにかわいこぶってんのー、まぁ迎えに行くわ」
「ありがと、おやすみ」
「おー、おやすみ」
途端、無機質な電子音が耳に響く。
頭を渦巻くのはレイナちゃんの事ばかりだ。
レイナちゃんは一ヶ月くらい前から、親友のホナミを通じて和成と仲良くなったらしい。
最近和成の口から出て来るのはレイナちゃんの名前ばかりだ。
どうやら父親に怒鳴られて育った男性恐怖症のレイナちゃんは和成なら大丈夫らしい。なにそれ。
父親に怒鳴られて毎日を過ごすなんて私には当たり前だった。少しでも気に食わない事をすれば殴られるのが当たり前だった。それより和成なら平気ってなに。そんなの男性恐怖症じゃなくてただの男嫌いじゃん。
嫉妬心ばかりが溢れ出してきて、ダメだ。私は明日に備えてシャワーを浴び、早く起きれるようにとベッドに横たわった。
***
親友の家の最寄り駅についた。
事前にメールと電話はしてあるからもう迎えにきてくれてるだろう。
ケータイを開くとちょうど親友から電話がかかってきたので通話ボタンを押す。
「もしも〜し」
「あ、名前?先輩の代わりに迎えに来てんだけどさ、着いた?」
「着いたけど、和成どうしたの?予定入った?」
「いや、レイナちゃんと留守番」
「あっ、そう。今改札のとこー」
迎えきてくれるって言ったのに留守番ってなに。テンション下がりながらも親友と合流する。
「和成レイナちゃんが好きなのかな」
バスターミナルに向かいながらついつい愚痴が溢れた。親友はそんな私の頭をポンポンと叩く。
「昨日さ、レイナがトイレ入ってすぐ酔いつぶれたっぽくてさ。トイレの真ん前でパンツズリ下ろしたままぶっ倒れてたんだよ」
「ふーん」
「んで、それ見た先輩が、ウチになんとかしろってさ。『名前なら俺がなんとかするけど他は無理』って言ってたよ」
親友はなんとか慰めようとしてくれているんだろう。一瞬喜んだものの、これは喜んでいいんだろうかとまた気落ちした。私女として見られてないんじゃね。
親友宅に着くと、和成が笑って出迎えてくれた。レイナちゃんは予定があったらしく、私と入れ違いでつい先ほど帰ってしまったらしい。
「んで、先輩なんでシーツ勝手に変えてるんすか」
「今日届いたんだろ?変えといてやろーと思って」
「それ、弟の部屋のなんでー。人ん家のベッドで変なことしないでくださいよ」
「変な事なんてしてねーよ」
和成がチラリとこちらに寄越した視線。そして親友の和成の会話がなんだか意味深で、居候初日からこれ以上ないほど気落ちした。