休憩中、和成から電話がかかってきた。タバコ吸いながらちょうどケータイを弄っていたからうっかり出てしまった。

「もしもし、名前?」

電話口から和成の声が聞こえて、仕方なく耳にケータイを当てる。

「もしもし」

「この前のこと、言い訳くらい聞いてやろうかと思って」

なんでこいつはこんなに上から目線なのか。苛立ちはどんどん積もっていく。

「は?言い訳が必要なのはそっちでしょ?つーか彼女でもない私が言い訳する必要ないよね?ね?切っていい?休憩中にイライラしたくないんだけど」

ムカつきすぎて半分笑いながら言った。そこで、肩を叩かれて振り返る。

「名前、あ、電話中だったのかワリィ」

隣に腰掛けたのはショーゴだ。休憩かぶるの久々だなぁなんて思ったのもつかの間、ショーゴの声が電話先にも聞こえたのだろう。
和成が不機嫌そうな声で言った。

「休憩中じゃなかったのかよ」

「は?休憩中だけど?なんなの?」

「男の声聞こえたけど」

和成の声を聞きながらショーゴに視線をやると、タバコを吸いながら私を見ていた。
私が怒っているのが珍しいのかなんなのか、テーブルに置いといたタバコを渡された。
吸えばちょっとは落ち着くもんね。タバコを加えて火をつける。

「はぁ、仕事してるか見にくればいいじゃん」

「めんどくせーし行かねぇよ。もういい」

電話を切られ、ムカついてテーブルにケータイを投げるように置くと、ショーゴが頭を撫でてきた。

「すっげえ怒ってんな。どうした?」

説明する気力もない。ショーゴに優しく撫でられると泣きたくなる。急速に苛立ちが萎んだ。

「別れたほうがいいのかな」

「前からそう言ってんだろ。愛されるのが女の幸せっつーだろ」

私が一番穏やかに幸せに過ごせるのはショーゴといるときだ。
なのに、こんなに苛立っても辛くなっても好きなのは和成だった。



***




仕事が終わり、店長に話があると呼び止められた私は、皆が帰ったあとも売り場に居た。
今日は私が鍵持ってるから早く帰りたいんだけどなぁなんてげんなりしていると、店長が口を開いた。

「苗字、灰崎君とどういう関係?」

「え、なんですか急に」

仕事の事でなにか怒られると思ったら、店長の口から出てきたのはショーゴの苗字だった。

「今日、喫茶店で苗字と灰崎君が一緒にいるところ見たからさ、気になって」

ショーゴと彼女が付き合ってるの知ってるだろ。そう言われた。
店長の顔は厳しい。

「知ってますけど……」

「仲良くするのをやめろって言ってるんじゃないよ?でもあんなにベタベタする必要ないよね?あの子も悩んでよく私に相談してくるし」

この三十路ババアは何を言ってるんだ。
私だって仲良くもない女に遠慮する必要なんてない。それにベタベタって言ったって頭撫でてもらっただけだし。それがベタベタとかその歳にもなって処女なの?なんなの?
今日は苛々する事ばかり。嫌になる。

「店長になるとプライベートにも口出しする権限があるんですか」

「何その態度」

「仕事の話じゃないなら帰ってもいいですか」

「待ちなさい」

「頭撫でたり撫でられたりなんて、友達なら異性だろうと普通だと思いますけど」

和成が他の女にやってたら腹立つ。けど、私が性格悪いのは今に始まったことじゃない。
たかが職場が同じだけの女が傷つこうが知ったこっちゃない。
私は店長の言葉を遮り、バッグを掴んで店を出た。


***


マンションに着くと、玄関の前でショーゴが待っていた。

「ごめんね」

「いや、お前が店長と話してんの見かけたし」

鍵を開けて、玄関の中に入ってすぐに私はショーゴに泣きついた。

「ショーゴおおお」

「また店長に怒られたのか?泣くなって」

「店長に、ショーゴと、仲良くするな的なこと言われたー!なんなのなんでそんなこと言われなくちゃいけないの、私も悪いかもしんないけど、ムカつく」

ぐずぐずと泣きながら報告する。我ながら本当に性格悪いと思う。

「はぁ?なんで店長がお前にそんなこと言うんだよ」

「今日、喫茶店で、ショーゴに頭撫でられてるとこ、店長見てたっぽい。あと、ショーゴの彼女、よく店長に相談、してるって」

「はぁ?なんだそれ」

「ムカつく。私ショーゴいなきゃ死んじゃう、無理!ショーゴと一緒にいたいいいい」

更に泣きながらショーゴに抱きつく。私の台詞にはこう言えばショーゴは私の味方をしてくれるっていう打算が混じっていた。打算だけど、本音。

「泣くなよー、お前のこと見捨てるわけねぇだろ」

「ほんとに?」

「ほんと。とりあえず部屋いくぞ」

私の背中をポンポンと叩きながら、ショーゴは頷いた。
鍵をかけて靴を脱ぎ、部屋にあるテーブルの前に座るとティッシュを差し出された。

「化粧ボロボロだぞ。拭けよ」

ティッシュを受け取って涙を拭くと、アイラインかマスカラか、黒い汚れもたくさんティッシュに吸い取られた。あと鼻水もちょっと出てたから鼻をかむ。

「俺と仲良くすんなっつわれてそんなに嫌だったのかよ」

私の様子を見ながらショーゴが笑いながら言った。

「仲良くすんなとは言わないけどベタベタすんな的な感じで言われた。結局それって仲良くすんなってことじゃん。ムカつく」

「お前んとこの店長には全く関係ねぇし言われたくねーよな」

「私の印象更に悪くなるってわかってるはずなのに、店長に相談するショーゴの彼女にもムカつく」

「ワリィ……彼女と別れるか?お前のほうが大事だっつったろ」

ショーゴがティッシュを一枚取って、止まらない涙を拭ってくれた。

「ショーゴがいてくれればなんでもいい」

そう言うと、私の顔は酷い有様だろうにショーゴはキスしてくれた。

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