別パターン
ガツ、と無情にもドアノブが突っかかる音が部屋に響いた。扉の前で立ち尽くす二人に、重い沈黙が降りる。扉の上には大きな紙がぺたりと貼り付けられていて、「相手のことを好きにならないと出られない部屋」と書かれている。
相手のことを好きにならないと、出られない。その意味を正しく理解して、ダンデは眉根を寄せた。お互いが、お互いを、好きである状態。部屋に閉じ込められたダンデと、いまドアノブに手を掛けている、ダンデの、恋人。
「なん、で」
一歩、足が彼から遠ざかる。
「なんで、キミは」
もうオレのことを愛していないのか。その言葉は声にならなかった。がつん、と動きもしないノブを無理やり引き下げた彼の表情が、見たこともないような形相だったからだ。
「…ダンデ」
いつもは根明を極める笑顔を浮かべて、ダンデの名前を呼ぶときには愛おしそうに呼ぶのに。
「…ねえ、ダンデ、どういうこと」
見つめ返した瞳が、怒りでめらりと揺れた。忌々しげに歪められた唇が「分かってたけどさあ」と呪詛を吐いて、そのまま歯軋りをする。
「分かっていたって、何が…」
ダンデの言葉を遮るように彼が扉を殴り付ける。
「もう、俺のことなんて好きじゃないんだろ」
静かな怒りだ。怒鳴り散らされるかと思った、けれど言っていることは全くの的外れである。ダンデは変わらず彼のことが好きだ。だから、気持ちが変わったとしたら勿論彼の方だ。
「俺じゃない、キミだろう」
ゆるりと首を横に振る。けれどそれも信じられない。だって昨日まで手を繋いで、飯を食って、笑いあって、夜だって一緒に寝たのに。理由もなくくすくすと笑みがこみ上げるような擽ったい幸せと、ダンデと彼の三人で一緒にいたのに。信じられない。その全てが偽りだったなんて。面食らって目を見開いた彼が天井を仰いで、それからはは、と笑い声を上げた。
「あぁもう、こんなに愛してるのに、そんなこと言うんだ…酷いな、ダンデ」
ドアノブから名残惜しげに彼の指が離れる。爪先がダンデの方を向く。表情を部屋の外に置き忘れた恋人が近付いてくるのを、ダンデは唖然と見ているだけだった。
「なあ」
怒りの滲む声がダンデを詰る。けれどそれとは対象的に、頬に伸ばされた手は恐ろしいほど優しかった。
「何度抱けば、俺のことまた好きになる?」
だから、愛していると言っているのに。じりと焼け付くような胸の痛みが、またその言葉の邪魔をした。
愛ではないのかもしれない。びりびりと甘く痺れる身体に反して、ダンデの頭の片隅は何処か冷静だった。この男をこうして自分の肚に閉じ込めてしまいたいと思うのも、ダンデを詰る唇を喰らってやりたいと思うのも、どうせこのまま出られないのなら、一生この部屋に二人閉じ篭込もっていたいと思うのも。
愛ではないのかもしれない。もう、愛ではない、もっと醜い何かに成り下がってしまったのかもしれない。
「…泣くなよ」
そう言いながら自分も泣いている彼の心の所在はどこだろう。始まりの時、彼が優しくそうしたように、ダンデは恋人の頬を撫でた。
「嫌わないでくれ」
せめて、好きでなくてもいいから。
ふと意識が浮上した。部屋の真ん中に申し訳程度に備え付けられていた家財道具たちの、人が二人寝られるベッドの中。柔らかく温かい布団を顎の下まで掛けて、ダンデは横になっていた。瞼が重く、倦怠感がひどい。
ぱちりと徐に瞬きをして、首を横に向けて扉の方を見る。気を失う前と同じ謳い文句の書きなぐられた壁、その下に扉、そうして、その前に座り込む後ろ姿。
「…オレ、は」
その項垂れた後頭部に、届けばいいと声を掛ける。
「キミと」
じわりと寝起きの瞼から涙が溢れて、目尻から枕に流れた。
「ずっと一緒にいたいと、思ってるぜ」
喉が掠れる。聞こえなかったかもしれないけれど、彼は振り返った。
「…ダンデ」
「うん?」
泣きそうな顔をした彼が、一瞬ダンデと視線を合わせて、それからふと俯く。目を伏せて、懺悔でもするように彼は吐き出した。
「嫌わないでって、俺のセリフ」
「いいんだ」
きっと、ダンデを手酷く抱いたことに負い目を感じているんだろう。けれど、それはいい。ダンデに触れて彼の気持ちが戻ってくるなら、酷くされたって、殴られたっていい。そんな悲壮な心持ちで微笑んだダンデを理解してか、恋人は頭を抱えた。
「…怒らないで聞いてくれる?」
「ああ、勿論」
そう言いながら、ダンデは自嘲の笑みを浮かべる。怒ったって仕方がないだろう。人の気持ちは矯正できるものではないし。がら、と妙な音が鳴った。彼の顔を見られなくて目を伏せていたダンデが、そっと瞼を持ち上げる。
「あの…」
顔を真っ青にしてしどろもどろになる彼の片手は、扉を下から持ち上げていて、当の扉はシャッターのように下に十分人の潜り抜けられる隙間を作り出していた。
「あの…なんかこう…扉の作りが…」
可哀想なほど真っ青になった彼が座っていたのは、どうやら腰が抜けていたらしかった。ベッドの中でギシギシ痛む体を横たえて首だけでその様子を見ていたダンデは、スッと目を細める。
「…は?」
「あの…指引っ掛ける凹みみたいなのがあって…まさか〜って思ったんだけど、ダンデが寝てる間に…こう…」
こう、のところで下から上に持ち上げる動作。試しに上に動かしてみたところ、鍵が閉まっていた様子はなかったとのことで、ドアノブはただ打ち付けられたフェイク。
「つまり…扉、最初から空いてたみたいで…」
余りにも無表情なダンデに対して、彼は百面相をしながらそう宣った。
「…疑って、ごめん…」
ばさ、と掛け布団が宙を舞う。全身の怠さ痛みなど忘れ去ったかのような王者の風格とバスローブを身に纏い、額と捲った腕に青筋を走らせたダンデが利き腕を回して、恐れ慄く恋人を颯爽と追い詰めた。
「一発で済ませてやるぜ!キミを愛してるからな!」
死亡宣告をされた恋人は、やはりダンデには笑顔が似合うな、と場違いな事を考えつつ、ふっと何もかも諦めたような表情を浮かべて、抜けた腰を叱咤して何とか土下座の構えを発動した。
「命ばかりは助けてください!!」
三十秒後、頬を腫らして気絶した男を肩に担いだダンデがご機嫌に「相手のことを好きにならないと出られない部屋」を出て行ったという。
ダンデ夢は『相手のことを好きにならないと出られない部屋』に入ってしまいました。
120分以内に実行してください。
#shindanmaker
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