〇〇しないと出られない部屋

足を一本差し出さないと出られない部屋




「差し、出す…?」

ひく、とビートの口の端が引き吊る。目の前にはゴムのチューブと、タオルと、ノコギリ。馬鹿じゃないのこれ。

後ろを振り返ると鉄製の無機質な扉の上に、これまた無機質な文字で「足を一本差し出さないと出られない部屋」と書かれたボードが打ち付けられていた。ちょっと傾いてるな。

横でずしゃ、と音がしたのでそちらを見ると、真っ青な顔でビートが座り込んでいた。

「どうしたの」

「どうしたもこうしたも…状況分かってますか!?」

腰をぬかしているくせに、随分と威勢がいい。とりあえず一つ頷くと、更に頭に血が登ったようで、ビートの表情に怒りが差した。

「切り落とせって事ですよ!」

「でしょうね」

「でしょうねって…もう、何なんだ、これは…」

ぐしゃ、とビートがクリーム色の髪を掻き乱した。ふうふうと荒い息が聞こえる。泣いているのだろう。

「差し出す、って、どちらかの足を切るって事ですよね、それで、一人じゃ切れないから、どっちにしろ切るか切られるかを、ウッ…」

口元に手を当てる。想像して吐き気を催しているようだ。何を一人相撲しているのか。
ゆっくり部屋を見渡す。あるのは先程の人体切り落としセット、鉄製の、恐らくは診察台。そして少し向こうにテーブルと椅子とキッチンと冷蔵庫。何だ普通にしばらくは生活出来るんじゃん。

けれど、ビートはそんなことを気にする余裕もないらしい。

「ビート」

「…う、もう、嫌だ…ローズ委員長…」

とうとう泣き方がサビに突入する頃だった。どうしたものか、と考えながら、脱出条件の書かれたボードをもう一度見上げる。

「足を一本差し出さないと出られない部屋」と、その文字は変わらない。よく見たら、その下に監視カメラがついている事以外は。
じ、と見つめる。作動しているのかどうかは不明だが、とりあえず気付けて良かった。

「…ビート」

「な、んです」

えぐえぐと詰まりながらも返事をしてくれる。幼い頃から同じ施設で育った少年は、反抗期真っ只中だけれど素直っちゃあ素直だ。一本腰をぬかした彼に近付くと、その目に怯えが見えた。

「…あ、や、やめ」

「大丈夫、怖くない」

ずる、とビートが後ずさる。

「い、いやです、僕は、来年ジムチャレンジを」

「俺もそうだよ」

ひ、と喉を引き攣らせて、ビートが肩を震わせた。

「い、いじめたこと、あやまるから…!」

「?、いじめられたことあったっけ」

首を傾げたら、ビートの両目からぶわりと涙が溢れた出した。とうとう距離の無くなった身体に手を伸ばして、よいしょと抱き上げる。過呼吸になりかけでぶるぶると震えるビートは、同い年の俺よりも多分ちょっと軽かった。

「大丈夫、泣くなよ」

極力優しい声でそう言っても、ビートは更に身体を固くさせるだけだ。どうしたもんかな。楽観的な俺はこれ以外の方法が思い浮かばないんだけど。
抱っこの状態のまま、診察台に足を向ける。ビートはといえばどこかぐったりとしていて、ぶつぶつと口の中で何か呟いているようだ。
その身体を診察台に下ろして、俺もそこに座る。運動した訳でもないのに肩で呼吸するビートの顔を、真っ直ぐ見た。

「ビート」

「…しが、ないと、ぼくは」

「ビート」

「いいん、ちょうに…」

「聞けよ」

目の前でひらひらと手を振るけれど、ビートから返事はない。少し呆れて、ノコギリを手に取る。ひい、とビートの喉が引きつって、俺の背中にドスッと衝撃が走った。
蹴られたようだ。急に何だ。痛みに顔を顰めてビートを睨みつけると、涙で顔がぐしゃぐしゃになったビートが瞳孔の開いた目で俺を睨み付けていて、呼吸もまともに出来ずに身体を震わせていた。

「かひゅ…っ、やめ…っ」

危ないから退かそうとしただけなのに何と言う仕打ちだろう。当初の目的通りぽいっと遠くにノコギリを放り、俺はビートの前に座り直した。

「足を差し出せと書いてあるけど、誰にとは書いてない」

「ひっ…」

「ノコギリは置いてあるけど、切れとは書いてない」

「え…そ、うです、けど」

くしゃ、とビートが顔を歪ませている。けれど続けて言う。

「つまり、俺がビートに足を差し出す、それかその逆でもオッケー、曲解かもしれないけど、あれしか書いてないのが悪い」

ふん、と鼻息荒く、カメラを見ながら言い放つ。ガキの屁理屈に、ビートが目を丸くした。いい顔だ。背中を擦って、落ち着くように促せば、漸くビートは身体から力を抜いた。

「…捻くれてますね」

「ビートほどじゃないと思う」

お互いに、くすりと笑う。もう、ビートは震えていない。

「けど、欲を言えばビートの足が欲しいんだよね」

言い渋った俺に、ビートが何故だと首を傾げた。切り落とさないなら実害はないのだから、俺の仮設では形式的に「はい、差し出します」でオッケーなはずだ。
けれどあえてビートにそう伝えるのには、理由があった。

「すぐ、どっか行っちゃうだろ、ビート」

「はぁ?」

呆れた、という様子を隠さずにビートが口をひん曲げる。さっきまでの殊勝さは影も形もない。何を馬鹿なことを、と思われているんだろうな、なんて苦笑すると、至極当然のようにビートが俺に言った。

「ナマエが僕のものになって、ずっと近くにいればいいでしょう」

馬鹿なんですか?そんな風に言葉が続いたときは既に、俺はビートに飛び付いていた。

「足一本どころか、全部差し出す」

「お得ですね」

ふん、とビートの得意げな笑い声が、俺の髪を揺らす。生意気だ、ビートはこうじゃなくちゃ。
部屋に、「仕方ないな」と言うような解錠の音が聞こえたのは、俺がビートの頬にキスをした瞬間だった。







ビート夢は『足を一本差し出さないと出られない部屋』に入ってしまいました。
50分以内に実行してください。
#shindanmaker

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