脳内辞典



【異音】
2



「いて」

ぎし、と、膝が嫌な音を立てた。油の足りないブリキのような、部品と部品が擦れ合うような気持ちの悪さだ。クリートがはまった状態なので屈伸運動して確認することもできない。うーん、と唸ると、前を走っていた雪成が振り向いた。

「どうした、ミョウジ」

「や、なんでもない」

咄嗟にそう答える。ふーん、と不思議そうに返事をした雪成は「ごめん」と謝った俺に片手を上げてひらひらと振った。気にするなということだろう。

「そうかヨ、何かあったらすぐ言え」

何でも言い合える仲だったはずのこの男に、言えないことが増えたのはいつからだっただろうか。恐らく去年、俺達が二年生だった頃だ。幼馴染三人で自転車競技部に所属している俺と塔一郎と雪成。塔一郎がインハイメンバーの選考会に勝って、俺と雪成が落ちた頃から、だろうか。

「来年こそインハイ出るんだろ、俺ら」

にや、と笑うそいつも、俺も、随分と悔しい思いをした。特に雪成は一年生の真波に負けただけあって余計に。オールラウンダーの俺は福富さんと同じトーナメントに入ったから、多少なりと諦めはついたのだけれど。

今は、もう三月になる。新体制になってしばらく時間が経ち、レースにもいくつか参加した。チームとしての箱根学園はかなり良い仕上がりと言える。選考会は新一年生が入学してからだが、このまま何事もなく行けば、雪成は順当にメンバーに入れるだろう。

「そうだな」

ふ、と俺も同じように笑い返す。前を向いた雪成のその言葉を、期待を、約束を叶えたいんだ。だから頼むよ、どうにかインターハイまではもってくれ。俺は祈るような気持ちでそっと軋む膝を撫でた。






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