脳内辞典



【呪い】
17



すう、と目を閉じて気を失ったナマエに、ペンギンはその場に凍り付いたように立ち尽くした。力の抜けた肢体がペンギンの身体にもたれ掛かって、そのままずる、と地面に崩れ落ちる。浅い息を繰り返すペンギンは、その身体を抱き留める事もできず、ただ震えた。ナマエの横たわる場所にじわ、と血液が広がるのを、立ち尽くしたペンギンはキャップの鍔の下から凝視していた。

「ナマエ!?おい、ペンギン!何やってんだしっかりしろ!」

遠くの方からシャチの怒声が飛ぶ。けれど足が、身体が動かない。目の前で起きている事象の全てをペンギンの身体が拒否しているのだ。死ぬ。このままでは敵の攻撃に倒れたナマエも、戦場の真ん中で突っ立っているペンギンも。そんな危機感もどこかに出かけてしまうほど、ペンギンは今、ナマエのこと以外考えられないでいた。

「クソッ…シャンブルス!」

ローの声がペンギンと、気を失ったナマエの身体を移動させる。瞬きの間に船内の医務室に飛ばされたペンギンは、真っ青な顔で診察台に横たわるナマエを呆然と見下ろした。それを一つ舌打ちしたローが怒鳴りつける。

「ペンギン…おい、ペンギン!」

「っ…あ!、はい!」

「ボサッとしてるんじゃねェ、死ぬぞ!いい加減正気に戻れ!」

「アイアイキャプテン!」

そこからは早かった。ローの指示に応えて、或いは指示される前に医療器具を渡して、気が付いたらナマエの出血は止まっていた。「これで様子見だ」とローが言い捨てて、まだ戦闘が続いているらしい船上に戻って行く。代わりにローが立っていた場所に医療用のメスが一本落ちていた。

何の言葉も発することが出来ず、ただそこに崩れ落ちるように座る。はあ、と溜め息をついて帽子を直した手が、嫌に冷えているのに気が付いて、ペンギンはそれを抑えるように微弱に呼吸をするナマエの顔に視線を向けた。

青から白に戻った顔を眺めていると、ナマエが倒れる直前に口にした言葉がリフレインする。自分の腹を突き抜ける刃物を一瞥して、ぺた、とペンギンの同じところに触れて、傷がないことを確認したナマエの、いやに安らかな声。

「よかった、ペンギン」

何か良かったものか。ペンギンが生きてもその代わりにナマエが死んでしまっては意味がない。庇ったらナマエは、お前は、死ぬだろう、馬鹿か。ペンギンの唇が戦慄いた。手が震えたので、ナマエの手に押し付けて誤魔化す。やっとのことで喉が「ばかやろう」と震える。ナマエの申し訳程度に温くなった手が、ペンギンの手を握り返した気がした。








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