脳内辞典



【例え】
13



「もしもわたしがポケモンだったとしたら」

にこり、とわたしは声を潜めて笑った。ふたなり、両性具有、どっちもある、つまりどっちもない。有り体に言えば、性別不明のポケモンだ。ひく、と目の前の彼の口の端が引き攣ったのを横目に、ココアに突っ込まれているスプーンを一混ぜする。子供は子供らしく、甘いものを注文してあげた。ダンデさんはわたしがブラックコーヒーを注文すると、複雑そうな顔をするから。

「同じポケモン同士ではタマゴが生まれません、し、いらないと思ってます」

そうすらりと口にすれば彼、ダンデさんは目を細めて、悼ましそうにわたしを見る。仮にも恋人をそんな目で見るなんて。というか、悼ましいのはダンデさんの方だ。

かわいそうに、わたしのことが好きなのに、わたしのことを受け入れられない。わたしは異質なのに、愛しているから離れられない。そして異質なわたしを愛してしまっている自分を、受け入れられない。あぁ、可哀想、可哀想に。ひたり、と口元に手を当てて自嘲の笑みを隠した。

「…君が」

ふと彼の声が、この場に折りたすこしの沈黙を割った。沈黙とはいえ、ここはカフェだから全くの静寂ではない。数人お客さんもいるし、先程から降りしきっている雨の音だってある。ぱちりと一つ瞬きをしたわたしは、ダンデさんの苦々しげな表情をじいっと見つめ返す。嫌悪、よりは、彼は悲しんでいるのだ、恐らく。

「…もしも、君が女の子だったとしたら」

その例えに思わず首を傾げる。そんな「もしも」はありえない。途中で遮ってやっても良かったけれど、とりあえず大人しく最後まで聞き続けることにした。ぎゅう、とダンデさんの眉が寄せられて、眉間に苦しそうな皺ができる。

「オレのタマゴを、欲しがってくれたのかな」

くだらない。ばかばかしい。わたしはダンデさんの子供を孕んであげる気はない。確かにダンデさんを世界でいちばん愛してはいるけれど、わたしはダンデさんをぐずぐずにとろかしてバリバリと頭から食っちまいたいのだ。ねえそう、ダンデさんの凸凹と筋肉で波打つ腹がつるりとなだらかな丘になったほうが、わたしのぺたんこの腹が変わるよりいい。蜂蜜色の瞳がゆら、と揺れたのを見て口の中にじゅん、と唾液が溢れた。こくり、と軽くそれを飲み込んで、わたしは微笑む。

「ダンデさんが産んでくれるなら」

そうなんの躊躇いもなく言い放てば、ダンデさんが戸惑って、それから傷付いたように表情が歪んだ。ねぇいいでしょう、わたしを愛しているのなら、孕んだっていいってくらい吹っ切れてほしい。わたしはその顔も、食べちゃいたいくらいに愛おしいっていうのに、まったく、貴方ときたら。








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