愛ではない
キャプテンの言葉を聞いて、俺は動くことが出来なかった。欲しくても手に入らないものがある、そんなの、弱者には当たり前だ。それに命が掛かっていたとしても。
「ペンギン」
「どうした?」
「おれ多分近いうちに死ぬわ」
「…はい?」
「おれ多分近いうちに死ぬわ」
「何いってんのお前」
この花の街のログが貯まるには一週間必要だ。表通りを既に見尽くして買うものも買ったペンギンは、夜に花街に遊びに行くらしく昼は暇を持て余していた。そんな男を甲板に呼び出して一緒にひなたぼっこ、狂気じみた絵面を作ってみた。
心底意味わからん、といった表情のペンギンが、説明しろと目で促してくる。おれはうーん、と腕を組んで、無駄に考えるような格好を取った。
「お前おれの好きな人知ってるじゃん」
「露骨だもんな」
「え?そんな言うほど?わかる?嘘でしょ?」
「で、それでなんで死ぬんだよ」
自分ではそんなつもりは露程もなかったので驚くが、話題の脱線を許さないペンギン先生に苦笑して、にやりと笑う。きっと馬鹿なのかどうかは聞かれるだろう。
「その人のこと、好きすぎて死ぬ」
「…………ハァ」
「あ、それは予想外」
単に呆れられてしまった。一本取られたなあ、なんて笑うと、ペンギンが真面目な声で尋ねてきた。
「それで、どういう事だ」
「どうもこうも」
けほ、と喉に違和感を感じて噎せ返る。出てきた花びらをそのまま、舌の上に乗せて見せた。不可能の、花言葉。
「こうゆ、わけらよ」
「…!お前それ、花吐き病…!」
「あれ、お前知ってんだ」
あはは、と他人ごとのように笑い、手に持っていた紙袋にポイっと花びらを入れる。綺麗ではあるが、何分病原体だ。扱いは厳重に越したことはない。昔本で読んだ、とペンギンはポツリと言った。恋愛小説向きの病だからな。
「でもおれは、それでもいいと思ってる、海賊になった時に死は覚悟してた、まさかこんな死に方だとは思わなかったけどな」
「…命の掛け方が違うんじゃねえのか」
「まあ、当初思ってたのとは違うけど」
「告白とかしないのか」
「まさか」
告白?したところでどうなる。あの人が色恋なんかに手を出している所なんて想像つかないしましてやその相手がおれだと?はは、とまた乾いた声で笑いが出る。ありえない。あの人が相手にするのはもっと特別な人間だろう。それこそ絶世の美女や余程の変わり者とか、そんな女に違いない。おれは男だしクルーで、あの人も男だしキャプテンだ。
「告白なんてしてみろ、あの人が俺のことを好きじゃなきゃおれはそのせいで死ぬんだぞ」
そんなことで、おれはキャプテンの心の中にいたいんじゃない。自分が愛せなかったというだけで、自分のせいで人が死ぬなんて、おれは嫌だ。そうして忘れないことでそれを愛と呼ぶ人もいるけれど、おれは違うと思う。
「こんなことで、キャプテンを縛り付けたくないんだ」
腑に落ちないような表情をしているペンギン。おれは一度にかっと笑って青い花びらを吐き出し、それから一度むせ返った。キャプテンを思って死んだとして、それでキャプテンがおれを忘れられなくなっても、そうして得られるものは愛ではないのだから。
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