赤い目をした子ウサギちゃん
13
おれの部屋にテレビの音と、ずびずびと鼻をすする音が響く。最近変えた薄型の大きなテレビで流れる番組から目を離して、おれはしゃくり上げる息使いの止まない左隣に目を向けた。
「ロシー、そんなに泣かなくても…」
「う…っ、でも…」
ソファに深く座りながら、それでもまだ余る長い足を縮こまらせて両手でゴシゴシと涙を拭うのはドンキホーテ・ロシナンテ。おれの恋人だ。とても大きい体と精悍な顔つきに似合わない幼子のような可愛らしい仕草をしながら肩を落としたしたロシナンテに苦笑する。普通の動物番組でここまで泣けるとはとても感受性が豊かなのだろう。おれだって全く心に響かないわけではないがここまで滝のようには泣いたりしない。
「ほら、あんまり強く擦るなよ」
明日腫れるぞ。そう笑って既に赤く色付いている目元を冷やすために濡れタオルでも用意してやろうかとそっと立ち上がれば、ぐい、と後ろに荷重がかかる。なんだろう、と振り向けば不安そうな顔をしたロシナンテがおれの服の裾をつかんで座ったまま前髪の隙間からじ、と見上げてくる。どうしたんだろう。思わず首を傾げると、トイレか?とおぼつかない滑舌で尋ねてきた。
「いや?違うよ」
「…もしかして、おれ、泣いてるから…面倒とか…?」
「まったく…何言ってんだバァカ」
何を馬鹿な事を。思わず苦笑して、そんなことを言う恋人様のふわふわの金髪をかき混ぜる。うわ、なんて声が手の下から上がるが気にはしない。ひとしきりそのわたあめのような髪を堪能したら、少しだけ姿勢を低くしてロシナンテに言い聞かせるように笑った。
「おれがお前を面倒なんて思うわけないだろ、目の前で好きな奴が泣いてんのに放ってどっか行くかよ」
「…キザ」
「キザじゃねぇ、濡れタオル持ってくるからこの手は戻ってきたおれと繋ぐ準備をしといてくれるか」
「ほらみろキザじゃねぇか!嘘つけナマエ!」
「んな顔で言われても怖くねぇんだよなぁ」
はっはっは、と勝ち誇ったように笑えば目元だけでなく顔まで赤くしたロシナンテがきい、と歯を剥き出しにした。温和でどっか抜けてる奴かと思えばたまに獰猛な一面もあるのだ、こいつは。裾を離れた代わりに腰に軽い一撃を食らっていてて、と苦笑しながら喚くロシナンテから離れた。
濡らしたタオルを持ってくる頃には動物番組のシリアスな特集も、かわいい動物がスタジオにやってくる内容に変わっていた。運ばれてきたケージは中が見えないようになっていてまだ何の動物なのかは分からない。
「ほら」
「…悪い」
水が垂れない程度に絞ったタオルをロシナンテに手渡す。タオルを渡した後の手が反対の手に捕まって、おれはソファに殆ど引き倒されるようにして座った。すこし呆気にとられていると腕にぎゅう、と抱きつかれて、肩に乗せられた頭からすん、と鼻をすする音が聞こえた。
「…なんだ、大胆だな」
「キザなナマエに張り合ってみた」
「だからキザじゃねーって」
ぐりぐり、甘えてくる動物のように柔らかい金髪が押し付けられる。はいはい、なんてそこを撫でればまた一つ鼻をすする音。ゆっくりと抱き着かれていただけだった手の指に、ロシナンテの骨張った指が絡む。所謂恋人繋ぎというやつだ。
「なに、今度はなんで泣いてんだ」
「幸せだなって」
「なんだそれ」
ふ、とおれが笑えば目元をぼんやりと赤く腫らしたロシナンテもふふ、と笑う。次の瞬間、テレビの中で開いたケージからは黄色いイングリッシュアンゴラが出てきて、おれは思わず吹き出してしまい顔を真っ赤にして怒ったロシナンテの拳を食らってしまった。
「あんでだよおまえそっくりだろ!」
「似てねえよ!ふざけんなバカナマエ!」
脇腹に強めなのが入った。嘘つけ、お前そっくりでかわいいだろ。その言葉はロシナンテとの攻防の中で出す余裕すらなかった。前髪重くて目赤くて黄色なんだからそっくりだろうが。
でも、うん、おれも幸せだ。
赤い目をした子ウサギちゃんTITLE BY 「ポケットに拳銃」
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