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こどもの頃、あなたのことがほしかったんです。
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両手両腕を海楼石の手錠と鎖でぐるぐると縛られて、おれは目を覚ました。なんだこれ、と声に出そうとしたら、むぐ、と猿轡らしい布に邪魔される。そういえばなんか窮屈で呼吸がし辛いし、身体に力も入らないと思っていたが、まさかこんな状態だったとは。それに地面はふわふわと忙しなく揺れている。今までおれがいたしっかりとした足場の研究所はどこに行ったのだろう。パンクハザード、は。

「…!!」

我に帰った瞬間に意識が一気に覚醒する。そうだ、ローが、久し振りにジョーカーの手の内に現れたローが暴挙を働いた。ヴェルゴと共にパンクハザードに出向いた訳だが、ローと手を組んだスモーカーにぶっ飛ばされておれはローの能力で手足をもがれ拘束され、ヴェルゴは細切れにされたあたりまで記憶はある。なぜおれだけ、こんなところに、どこだろうここは。

不用意に動くことはしないで、目だけで周りの様子を窺いながら状況を確認する。木の床は揺れている。その周りは空がいっぱいに広がっていて、潮の香りの風が充満している。船だ。甲板に木や芝生が自生しているのは異様だが、随分特徴のある船だということが分かる。目線を上に上げて、それにどこか納得した。麦わら帽子を被ったジョリーロジャーが笑っていたからだ。

なるほど、と一度目を閉じる。ここは麦わら海賊団の船だろう。恐らくあの後パンクハザードは落ちた。ローと麦わらが手を組むのは予想の範囲内だったが、そもそもその麦わらの登場が予想外だったのだから、なにごとも防ぎようがない。思わず肩を落として目を閉じる。見聞色の覇気で感じ取った情報によると、こちらに近づいてくる気配があったからだ。

「…ナマエさん」

ローの、声だ。目を閉じたまま様子を探る。パンクハザードの気候に合わせたらしい長いコート、何のつもりか分からないがモフモフとした帽子、人間の身の丈程もある長い太刀。それから殆ど表情の変わらない、不貞腐れたような面。だったと思ったが、おれの覇気が可笑しいのだろうか。

「…なぁナマエさん、起きてんだろ?」

いや、おかしくないらしい。目を閉じていても分かる、ローの恍惚とした顔。このおれの名前を呼ぶ猫撫で声が全て物語っている。胸やけするようなその声に観念して、ゆっくりと目を開けた。

「は…やっと目を覚ましたな」

にやにやと笑って、今にも舌なめずりでもしそうなその男は、過去あんなにひ弱な子供だったなんて言われないと分からない。じ、と見上げてやると随分と長身になった男が膝を折った。

「気分はどうだ?」

どうって、何が。縛られて転がされていることを言っているのかわざわざパンクハザードまで行って返り討ちにされたことを言っているのか、若しくは一回り以上も下のガキどもに一杯食わされて捕虜なんて立場に甘んじている今の状況か。総じて最悪だ。そんな意味を込めてその子供の頃の面影が残る顔を睨み上げる。ローはそれを躱すように肩を竦めてから、笑みを深めて力一杯言った。

「おれは思いがけず最高の気分だ」

いや、聞いていない。整った面に白い眼を向けてしまう。何故かそれすらローの気分を良くしてしまうものらしく、その手がおれの頬を滑った。ゆるく逆さの三日月を描いた口が開く。

「ドフラミンゴの元を離れることになって、心残りはアンタだけだった」

す、と頬を撫でられて思わず眼光を緩めて目を丸くしてしまったのを自覚した。何を言っているのだろう。いくらその瞬間にローがファミリーにいた頃のことを思い出しても、特別何かをしてやった記憶もない。たかだか二年程しかいなかったローに心残りと思わせるような特別なこと、おれの記憶にはない。いや、覚えていないだけで何かしていたのかもしれないが、少なくとも覚えていない。

否、もしかしてこれは好意の方ではなく憎しみ的な意味の心残りだったのでは。そう思い至って、もしかしたらこれから暴力を振るわれるのでは、と探るようにローを見上げる。と、視線が絡まったその瞬間、何故かおれの心臓がどくり、と突然激しく動いた。

「…っ!?」

胸に視線を落とす。が、変わったことは何もない。いつも通り服を着ているし何か攻撃を受けた訳でもない。なんだ、何をされた、必死で考えるがやはり何も思い至ることはない。自分の生死を相手に握られているような感覚に、じわ、と冷や汗が滲むのを感じた。

「……ふふ、ナマエさん、ドキドキしてる」

機嫌が良さそうなローに危機感が募る。ドキドキしてる、なんて、こいつはなぜおれの心拍なんて把握してやがるんだ。明らかにローが何かしている判断材料にほかならない。外科医なんてあだ名がつくくらいなんだ、よく分からないがおれの思いもよらないことをしたに違いない。そりゃドキドキもするよ。なんて馬鹿なことを考えてローを見ると、その右手がどん、とローの胸を叩いた。

「んぐっ!?」

その行動と、おれの胸、と言うか心臓のみに来た衝撃ですべてのことに合点がいく。なるほど、さっき突然大きく波打った鼓動は、おれのものではない。大きく動いたローの心臓がおれの胸の中を打ち付けた、と考えるのが正しいだろう。思わず溜め息をつきたくなったが口は塞がれていたんだった。

心臓を交換しやがったのか、このガキ。

どんな捨て身の戦法だ。おれは今動けないとはいえ万が一拘束が解けたらすぐに自分の胸を刺すだろう。そうなったらおれが刺した胸にあるのはローの心臓なわけで、いや待て。そうしたらおれの心臓を戻せる人間がいなくなるから、おれの心臓は一生ローの死体の中で動き続けるんだけど、死体の中ってことは冷たい訳だからローが死んで体温がなくなったらおれの全身にはほぼ温度のない血液が流れ込むということで。つまり、なんだ。

「アンタにおれは殺せないぜ」

そう、そういうこと。おれはがっくりと肩を落とした。ってかそもそもわざわざ拘束したおれが開放されるなんて機会はないだろう。考えが甘かった。ローはさぞ勝ち誇った顔をしていると踏んだのだが、頭の上から降ってきた声にその考えも覆される。

「ナマエさんは自分の心臓が心配でおれから離れられない、かと言って自分の胸を突き刺しておれを殺して、おれと心中することもできない、アンタは自分が可愛いタイプの部類だろ」

ちくしょう、おれの性格もよく考慮されてやがる。

「だから、なァ」

はぁ、と興奮しきってます、と言うような溜め息をついたローが、おれの後頭部の髪をがっしりと掴んだ。やめて禿げる。大人しく顔を上げると、舌なめずりをするローの顔があった。しそうな顔だとは思っていたが本当にするとは。

「これでナマエさんは、おれのものだよな?」

いやいや、おれはおれのものだよ。そう答えようにも、猿轡の更に上から唇を押し付けられてしまえば声なんて発せなかった。

ドキドキ言ってるのはおれの心臓か、果たしてローの心臓か。







こどもの頃、あなたのことがほしかったんです。


TITLE BY 確かに恋だった。





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