企画


「キャプテン!逃げてください!」

突然もよおして手洗い場で熊を倒した後、甲板に出た瞬間にペンギンの切羽詰まった大声を浴びせられた。なんだ、と思わず身構えるとどん、と前から体温がぶつかって来て、そのまま巻き付いて来られる。状況を飲み込めずにいると、肩に埋まった茶色い毛の塊がズリズリ、と首元に擦り寄ってきた。

「きゃー、ぷてん」

耳元で聞こえたふやけたような声にすこしゾクリとしたのには気付かないふりをしつつ、はあ、と大きく溜め息を吐いた。誰だ失敗から学ばないバカは。

「…おい、誰だこいつに酒を飲ませたのは」

「きゃぷー、きゃぷてーん…」

すりすり、と首元に固めの茶髪が擦り付けられる。くふくふと笑う締まりのない声に、いつもではありえない行動。小さな子供のように甘えているこの男は、いつもは快活に振る舞っているはずの、今やおれの恋人となった名前だ。しかし一度酒を飲むといつものその様子が嘘のようにふわふわと周りに擦り寄る。だいぶ昔にその事を学んだはずのクルー達は、それから名前に酒を飲ませないように細心の注意を払っていたはずだ。

「…いや、おれ達が飲ませた訳じゃないんです…」

ペンギンが困ったように腕を組む。横からシャチが申し訳無さそうに小さく手を上げた。

「おれのコップに入ってたテキーラ、間違えて飲んだらしくて…」

「ったく…よりによってキツいもんを」

ああ、と頭を抱えたくなる。シャチが舐めるように飲んでいたテキーラをレモンスカッシュと間違って一気に煽ったらしい。匂いで気が付かないあたりレモンスカッシュもテキーラも飲み慣れていないのだろう。無理もない、名前は基本的にココアを好む。へへえ、とだらしなく笑いながら名前はおれの首に引き千切らんばかりに絡みついてきた。

「きゃぷてぇん、いいにおいれすれえ」

「ちょ!今まさにお前の大切なキャプテン死にそうだから!落ち着いて!」

「…っ、グフッ…」

「キャプテーーーーン!!!?」

息苦しさの向こう側になぜか一瞬きれいな花畑と燃え上がる黒いコートが見えた気がする。そんなところでおれは我に返った。首に巻き付いていた手はいつの間にか消えており、おれは甲板に立ち尽くしているところをペンギンに揺さぶられていた。

「キャプテン!しっかりしてください!」

「…あ?さっきの花畑は…?」

「それ行っちゃいけないやつです!」

「あぶねえやっぱ油断ならねえ!」

シャチは名前をうつ伏せに倒してその上に座って抑えており、ベポはオロオロと歩いて他のクルーになだめられている。コックは船内に水を取りに行った。おれが花畑に行っている間に何があったのだろう。

「おいシャチ、名前が可哀相だろう、離してやれ」

「キャプテン死にますよ!?」

「おれを誰だと思ってる」

今まさに花畑に旅立ちそうになっていた事実を棚に上げて名前の開放を要求する。もちろんうわーん、と駄々をこねるように暴れる名前を力ずくで押さえるシャチは許可しなかったので、当たり前のようにそういえば、いつものキャプテン万歳が顔を出した。

「クッ…!一生ついていきます!」

感極まったように目元を抑えたシャチに遠い目を向けてしまったのは許してほしい。ちょろいな。おれを半殺しにした割にあっさりと開放された名前はぐすぐすと泣き真似をしながらゆっくり起き上がった。

「ひでぇ、しゃち、あせくさい」

「んだとゴルァ!」

「落ち着けシャチ!って汗臭っ!」

「昨日風呂入ったわ!」

クルー達の戯れに苦笑し、いまだグズグズと泣き続ける名前に視線を移す。その手にはコックが渡したらしい水のコップが握られていた。赤くなった目元を繋ぎの袖でゴシゴシと拭いている。あどけない仕草に思わず苦笑とは別にふ、と頬が綻ぶ。料理がおいてあるローテーブルから少し離れたあたりに腰を下ろしてその子供返りしたような男に声をかけた。

「名前、来い」

「んー?」

「こっちだ」

ぽん、と膝を叩けば、ゆるうり、と眠たげな目が上げられる。なんだろう、と言うようにゆったりとした動きで首を傾げた名前にもう一度、今度はもっと分かりやすいようにぽんぽん、と二回膝を叩いて示してやる。

「硬い膝は嫌いか?」

「……ううん、すきれす」

ふへへ、と破顔した名前はとても幸せそうで、思わずおれもふ、と口端が上がるのを感じた。少しの酒がこいつをここまででろでろにしてしまうのか、と思うと、少し面白い。いつも素直じゃない訳ではないが口調もふにゃふにゃだし放っておけばずっと笑顔だ。それに、来いといえばおれの膝に甘えたの猫のようにすり寄ってくる。その髪をくしゃりと撫でながら、おれはシャチに言った。

「前回もこんな風に甘やかしてやればよかったな」

「…強かに殴って沈めてましたもんねキャプテン」

「あれは、条件反射だ」

「名前にいきなり抱き着かれてドキドキしちゃったからシャンブらずに鬼哭の柄でガッといったんだよねキャプテン!」

「ベポぉぉぉぉぉ!?」

お前が柄でガッといかれんぞ!と傍らで叫ぶシャチを、柄でガッといく。カエルの潰れたような声を上げたシャチを無視して、おれは腰に手を回して頭を脇腹に埋めてくる名前を、そっと甘やかす様に撫でた。漸く恋人になったのだから、人前でもこれくらい許されるだろうと、そんな事を思いながら。





レン様、リクエストありがとうございました!




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