企画


「…なんか、前より美味くなってる気がする」

サンジの作った海鮮ピラフを口に運びながら、名前は確信めいた声でそう呟いた。二年ぶりに食べたからこんなに感動を覚える味なのだろうか、それとも実際に会えなかった間にサンジの料理の腕がメキメキと上がったのだろうか。きっと両方だろう、とぼんやりと思いつつ、名前はひどく懐かしい気のするその黒いスーツの背中を見上げた。

サニー号で働くサンジの背中を見たのは二年ぶりだ。ルフィの新聞での合図を見て全員が集合した後このサニー号のキッチンで何度か食事をとったものの、こうして落ち着いて料理を作る恋人の背中を眺めるのは久しぶりのことである。そうして、海鮮ピラフが食卓に並ぶのもそれと同じくらい久しいことだった。

「ったりめーだろ?おれを誰だと思ってんだよ」

ふふん、と胸を張るサンジは、しかしこちらに背を向けていた。二年前に比べて少したくましくなった上半身がキッチンのカウンターの上半分から見えている。デザートを盛りつけているらしい背中がこちらを振り返らないで話すのは今まで珍しいことだった。集中しているのかなあ、と微笑ましげな様子で見つめて、名前はもぐもぐと口の中のピラフを嚥下してから言った。

「おれの愛しいサンジ、かな」

「…っ、あ、やべっ」

かちゃん、と盛り付け用のスプーンが器に跳ねる音がした。慌てた様子でそれを拾い上げるサンジに名前は珍しいこともあるものだ、と首を傾げた。

バーソロミューくまに能力で飛ばされてから、名前が居着いた場所は実力が全ての場所だった。コロッセオ島、覇気を纒い身一つでぶつかり合う男共が血湧き肉踊る戦いを極限まで行うものである。それはとある島に電伝虫で中継されているらしく、賭けの対象にされている、とコロッセオの主が語っていた。そんな島でまともな食事が出るはずもなく、サンジの作る食事が恋しくて仕方がなかった。

否、食事だけではない。戦いに荒む心は、癒やしのない空間でサンジの存在に焦がれていたのだ。何人か認めてくれた戦士はいたものの、やはり仲間、その中でも恋人のサンジという存在は特別なものだった。

しかしこのピラフはうまい。出会った頃に食べたピラフも生まれて初めてと言えるほどの味だったが、それを冒険の間食べ続けて尚感動出来る味に仕上げるというのも素晴らしい。それに二年間の間隔があったとはいえそのピラフの美味さをさらに更新してくるのだからこのサンジという男はとんでもない努力家である。

「やっぱりだ、サンジの料理は世界一うまい」

ぴかぴかに張って輝く海老を口に運んで歯を食い込ませる。噛みしめるようにそう呟くと、だから当たり前だろ、とくぐもった可愛げのない返事が帰って来た。その自信は弛まぬ努力と今までの経験に裏付けられた確かなものである事を名前も知っていた。可愛げのないその台詞こそ照れ隠しの混ざった可愛らしい言葉だと承知済みの名前は思わずふ、と口元を緩ませる。

「やっぱり、お前がいなきゃ駄目なんだな、おれは」

「さっきからなんなんだテメェは!」

向こうを向いたままがなるサンジに、名前は一瞬驚いてピラフを運ぶ手を止めてからサンジの背中に目をやった。力が入っているのか竦めるように肩が上がっており、何やらふるふると震えている。

「……悪い、怒らせるようなことを言ったか?」

「お…こっては、ねえよ」

「…じゃあ、どうした?」

「どうもして、ねえ」

気にすんな、なんでもねえよ。頑としてそう白を切り通そうとするサンジに、名前の口から思わず溜め息がこぼれた。びくり、と肩を震わせるサンジから視線を離さずに、名前は席を立つ。カツ、カツ、と革靴の音が、サンジの真後ろに辿り着いた。

「おれ…何か、したか?」

「……何でもねぇ」

「何でもないってことはないだろ」

言ってくれないと分からない。名前がそう背中に言い放つと、サンジが突然振り向いた。その余りの勢いの良さに思わず名前も目を丸くする。

振り向いたサンジの顔は、初めて見るほど真っ赤に染まっていた。

「ななな、何なんだテメェはさっきから!こっちは二年間まともな人間と接してなかったせいでレディ見ただけで鼻血噴くレベルでクソほどドキドキするし!お前に褒められたりなんかしたらヤベェんだよクソノッポ!無神経に、い、愛しいサンジ〜とか、お前がいなきゃダメだ〜とか、褒め千切ってんじゃねえぞ!タラシか!ナンパ男か!ンなことしたら今度こそおれは死ぬぞ!分かれよ!」

「いや分かるかい!」

サンジに突然捲し立てられて唖然とした名前だが、言葉の雨を降らされている途中で正気に戻って義務のようにツッコミを入れた。普段ならこのような役回りはウソップに行くのだが、生憎他のクルーは気を使ってキッチンからは出払っている。やむを得ずキャラに合わない勢いのあるツッコミをかましてサンジとの距離を詰めようと一歩踏み出した。

「お前な、照れてるなら照れてるって…」

「言えるかクソ!いいか、それ以上近付くんじゃねえ!死人が出るからな!おれはまだ自分の鼻血の海に溺れながら愛のドキドキで心筋梗塞はしたくねえぞ!」

「死ぬのお前かよ」

もうさっきのような勢いだけのツッコミをしない事にした名前は、もう一歩前に踏み出した。ひぃ、と悲鳴を上げて後ろに下がったサンジは掴まるように背後のシンクに手を伸ばす。

「大体なんでテメェそんな格好してんだよ!髪だって伸びてボサボサだし古傷だって増えたし無駄に日焼けだってしやがって!なんでそんな筋肉増えてんだよマリモリスペクトか!」

「いや別にゾロリスペクトではないけどな」

「な、なんでそんな…おま、ふざけんなよクソ野郎…」

カツ、その最後の一音で名前が腕を伸ばせばサンジに触れられる距離まで近付いた。少しだけ前屈みになって、赤い顔を覗きこめばふい、と目を逸らされる。じ、とその横顔を見詰めていれば、ちらり、とサンジに横目で伺うように見上げられた。すぐに逸らされた視線に思わず名前から笑いが溢れる。

「はは、おれの恋人様は、随分可愛らしくなったな」

「んなっ、お前こそクソかっこよくなってんじゃねぇよ!心臓にわりぃんだよ!」

褒められているのか貶されているのかは火を見るより明らかで。サンジはキイッ、と歯をむき出しにして名前を威嚇するが、すぐに顔を背けてしまった。耳まで真っ赤に染め上げているサンジが二年前と同じ距離で名前の顔を直視できるようになったのが、その二週間後の話だった。



まだ0距離は近過ぎる!




あじさい様、リクエストありがとうございました!




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