企画


「夏だ!」

「海だ!」

「「海!水!浴!だー!」」

「いっつも見てんだろ…」

「楽しそうだな」

名前とシャチが両手を挙げて透き通る青色の海と真っ白な砂浜を目の前にして叫ぶ。後ろでペンギンが呆れたように、ベポが感心して話しているがテンションがピークになった彼らは気が付いていないようだった。

ここは、とある夏島。「海賊のキューカ島」と呼ばれる平和で美しい島だ。海賊達はこの島の中では何人にも危害を加えてはならないという決まり事もあり、それが守られている事でこの国の平和は成り立っている。充実したアミューズメント、ガイドブックには絶品の食べ物、人身売買がなく天竜人のいないシャボンディ諸島だと思って頂ければ良いだろう。

あっちー!なんてゲラゲラと笑いながら砂浜にパラソルを差してレジャーシートを敷く。ハートの海賊団の陣地が完成だ。周りを見ると常夏のビーチには人が多く、出店も盛況しているようだ。荷物を置いて、さて海に入ろうと意気込んで、シャチがTシャツと膝丈の海水パンツの上に履いていたハーフパンツを脱ぎ捨てた。

「おいペンギン!見ろよこれ!やっぱり男は情熱の赤だよな!」

どん、と音が付きそうな程力いっぱいそう言い放ったシャチ。準備をしているうちに海水浴にノリ気になってきていたらしいペンギンはその挑発ににやりと笑って、シャチと同じように海パン一丁になった。

「何言ってんだよ、こういう場面では青に決まってんだろ?おれみたいなクールガイにお誂え向きだ」

ペンギンの海水パンツはグラデーションの入った青だ。この日のためにわざわざ買った水着を見せ合う男二人に、ちょうど七色のかき氷を買って帰ってきた名前が耳聡く反応した。そのかき氷は程なくしてベポに押し付けられる。

「あァ!?何言ってんだよお前ら断然黄色!おれ達の潜水艦は何色だ!?」

ばさ、と名前のハーフパンツとパーカーが宙を舞う。その中から現れたのはハートの海賊団のマークが太腿部分にプリントされた黄色基調の膝丈の海水パンツだった。

「その割にはかき氷はグロい色してんな!」

「七十ベリープラスでやってもらった!ベポ、お前暑そうだからやるよ!」

「もう何味かわからないよなにこれ…」

はあ…とベポが溜め息をついてスプーン一杯分を口に運ぶ。七色が混ざり合って寧ろ灰色に近くなっているかき氷は既にベポの嗅覚から味覚を攻撃しているらしい。まったく、と呆れたようなベポはパラソルの下から動く気はないらしかった。

「…おい、砂の上に服を投げるな」

「あ、キャプテン!」

至極真っ当なことを言いながらローが登場する。ベポの横を通り過ぎて名前の衣類を仕方無さそうに拾い上げたのは、遅れて現れたローだった。その声にばっ、と名前が振り返る。

「あっ!キャプテン!やっぱり水着はおれたちのイメージカラーの黄……!?」

「いやいや!男らしく赤……」

「女じゃあるまいし水着の色なんて何でも良いだろ」

「キャプテンもクール陣営だな」

「「そんなァァア!!」」

水色の海水パンツで姿を表したローは、なぜかガックリと膝をついたシャチと名前に軽蔑の目を向けた。ちなみにその太腿部分にプリントされたドクロマークと裾の斑模様の水着は名前の着用しているものの色違いである。

さて、なぜほとんど毎日海を見ている、それどころかその内部にまで船で潜水するハートの海賊団が数あるアミューズメントの中で敢えて海を選んだのか、それは彼らの職業に由来する。

「やっぱおれら…刺青目立ちますね」

「特にキャプテン」

「…うるせェよ、お前らも入ってるだろ」

「キャプテンほど入ってる奴はハートにはいませんよ」

温泉、プールなどでの施設ではまだまだ刺青は白い目で見られるからだ。この島では海賊だからといって畏れられたりはしないが、マナーについては厳しい。かと言ってそれなら遊ぶのをやめる、としなかったのは、たまにはクルーたちも羽を伸ばしたいだろうというローの気遣いだ。ちなみに明日は服を着ても楽しめるカジノへ行く予定になっている。

「それにしても船長…水色かぁ…」

しょんぼり、と肩を落としたシャチが唇を尖らせる。同じく名前も思い出したように溜め息を吐いていた。別に船長と水着の色が被ったからってなんだ、とペンギンは横からツッコミを入れたかったが、どうせ「勝ったからそんなこと言えんだろ!」と阿呆二人から総攻撃を受けるのが目に見えていたので口を噤んだ。そもそも勝負でもないし、特にペンギンにも勝者の自覚も喜びもない。

「水色だったな…まーでも赤は絶対ないと思ってたけどな」

「ハッハッハだよなーよーし表でろ名前」

「ここ最初から表なんだよなぁ…あっ、船長海入りません?」

「おい!捨てるなおれを!」

ぎゃあぎゃあ、と犬と猿のようにじゃれ合う名前とシャチ。我関せず、と言ったようにベポの隣に座ってかき氷に舌鼓を打っていたローは、突然名前にそう問われ、思わず眉間に皺を寄せた。

「おれは能力者だ」

「大丈夫です、おれが支えてるので」

はい、と両手を差し出した名前に向かって、思いっきり懐疑の眼差しを向ける。それこそ名前が少し凹む位の。

「信用ならねェな、お前なら海に触れた瞬間潜水病にでもなりそうだ」

「潜ってすらいないのに!?」

ひどい!と叫んだ名前をふん、と鼻で笑いつつ一口七色のかき氷を口に運んだローは、一瞬顔を顰めて残りをベポに持たせた。

「その手は何だ」

「もちろん、お姫様だっこです!」

「……」

意味が分からない、といった顔で名前を見やったローは、仕方無しに立ち上がり、日光の下に出た。忠犬のように両手を広げて待つ名前の左手をぱっ、と掴んで、そのまま海へ歩みを進める。つかつか、と歩くローに引かれて、名前は意外そうに声を上げた。

「えっ、本当に一緒に入ってくれるんですか!?」

「暑さで頭が湧いてるだけだ」

「…さっきまで日陰にいたのに?」

「熱中症になっても放っとくからな」

ばつが悪そうにローが名前を一瞥する。とは言うものの、ローが海へ向かう足取りは能力者とは思えないほどに軽い。ええ、と苦笑しながらその後を着いて行く名前は、ローの足に波が触れるか触れないかの当たりでその身体を横抱きに持ち上げた。そのままざぶざぶと波を掻き分けて、ついに名前の腰あたりまで海に浸かる。

「ね!冷たくていいでしょう?」

と、腕の中のローの身体から力が抜けたのを感じた。だが、周りにはシャチもペンギンもベポも、名前だっているのだから、我らがキャプテンもたまには腑抜けていいだろう。名前はそう思いながらローの身体を抱え直した。

「ん、名前…絶対に、離すなよ」

そう弱々しく囁くローに面食らった名前は、それから不謹慎だと自覚しながら堪えきれずににまり、と笑った。何笑ってやがるとローの手が名前の胸をとん、と叩いたが、その微々たる衝撃にも何だか満たされてしまう。

「…すみません」

顔が緩んでいる自覚はある。我ながら堪え性のない表情筋だ、と名前はわざとらしくきゅ、と真面目な顔を作った。冗談だって、誰が離すものか。浮力で軽くなったローの重みをそれでも感じて、ああ、今自分はこの人に必要とされているのだ、と腕の中の低めの体温の温かさをひしと抱き直した。へへ、と笑えば、もう一度胸板に向かって緩めの拳が飛んできた。残念だが、それもちっとも痛くない。

「ケッ!これみよがしにいちゃつきやがって」

後ろから聞こえるシャチの声に名前が振り向くと、彼は大きな砂の造型の原型になるであろう山を作っていた。何だろう、海の王者と言われる鯱の形でも作るのだろうか。名前とローを僻みつつ、自分だってしっかりと海水浴を満喫しているだろうに。その後ろでペンギンが荷物の中から大きなスコップを持ち出しているのも見える。

「…キャプテン、たまにはこういうのもいいですね」

へへ、と堪えきれずに笑う名前の腕の中で、対象的にぐったりとするロー。脳天気な彼の言葉に思わず苦笑して、名前の肩に額を擦り付ける様にして目を閉じた。

「…たまには、な」

そのローの声にどことなく喜色が混じっているように聞こえるのは、名前自身が楽しいと感じているからだろうか。あぁ、海って最高って叫びたい。名前はそう思いながら目の前の紺碧を眺め、大きく息を吸った。休息の島の時間は、ゆったりと過ぎてゆく。





レン様、リクエストありがとうございました!






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