一生分の夕焼け

 それを告げられたとき、私はその言葉を理解するのに少しの時間を要した。にも関わらず、その言葉を理解し、それに対して発した言葉は「え……?」という頼りないものだった。そんな私にカミルは、優しく、残酷な言葉を突きつけたのであった。

「しばらく、この村を離れることにするよ」

 嘘、とか嫌だ、とか、そういう気持ちが頭の中を駆け巡って。混乱した私は、そんな気持ちを口にすることもできず、何を言えばいいんだろう、と考えているうちに、瞳から涙が零れ落ちた。
 しまった、と思ったときにはもう遅くて、カミルが「えっ」と驚いた声を上げて、慌て始めた。その姿を見て、ああ、もう、誰のせいだと思ってるの、と抗議したくなる。だって、カミルがあんなこと言わなきゃ、私は泣くこともなかったのに。

「サト、ごめん、泣かないで」

 泣きたいわけじゃない。泣こうと思ったわけじゃない。泣いたって、カミルはその決断を変えたりしないだろうから。私が泣いただけで意見を変えるような人じゃない。だから、泣きたくなんて、ないのに。
 薄い紫のハンカチを渡されたけれど、私はそれを受け取らなかった。最後の意地だった。このままカミルの優しさに甘えてしまったら、私は駄目になってしまう気がしたから。カミルがこの村を出ていくと言うのなら、私はもうカミルの手を掴まない。

「……いってらっしゃい」

 まだ泣き止んではいなかったから、情けない鼻声になってしまったけれど、カミルには伝わったはず。カミルはまた驚いた顔をして、帽子を深くかぶった。ありがとう、と小声で言われた。

 結局カミルは、私が泣き止むまで待っていてくれた。どこに行くかは決まってないんだ、きっとここが恋しくなって帰ってくるよ、とカミルは話した。私はそれに頷くこともなくただ俯いていた。
 本当に帰ってくるのかな、と私は感じていた。カミルが嘘をついてるとか、そういうことじゃなくて。今は帰ってくるって言ってても、もしかしたら旅先で素敵な人と出会って、そのまま帰ってこないこともありえる。だって、カミルは素敵な人だもん。優しくて、穏やかで、落ち着いていて……最初から、手の届かない人だってことは、痛いほどわかってた。
 それでも、届かなくてもいいから、ただ同じ村の住人として、少しだけ共有した時間を過ごして、いつかカミルが誰かと結ばれたとしても、昔話で会話に花を咲かせられるような、そんな関係でよかった。カミルは残酷だ。そんな関係さえも、保たせてはくれない。時間を共有することを拒む。どこかへ行って、私とは全然違う時間を過ごして、いつか再会したとき、知らない人のようになっていそうで。
 好きなの、大好きなの。それはたとえ少しだけでも、カミルに伝わっていると思っていた。私が、例えばアーシュに対して抱く感情とは違うものを、カミルに抱いていると、伝わっていてほしかった。

「来月の初めに、出発するよ」

 嗚咽がやっと止まった頃、カミルは言った。来月の初め、と具体的な日程を言われて、これは現実なんだと感じた。いっそ、夢であってくれたなら、カミルに笑いながら話せたというのに。

「頑張ってね」

 私が、彼に言える言葉といえば、それだけだった。
 カミルの隣に並んで、山を下る。空は、茜に染まっていた。綺麗だな、といつもなら思う空が、どこかくすんで見えた。恋をすれば世界が変わって見える、と誰かが言っていたけれど、もしもその恋が終わってしまったら、美しく見えていた世界は光を失い、くすんでしまうのだろうか。
 ひゅう、と風が吹き、冬が近づいてきたと思って、今年の冬はカミルがいないんだと思うと、また涙がこみ上げてきた。カミルはもう、この山頂から見る美しい星を見ることはないのかな。寒い冬に、きらきらと輝くあの星を。

***

 カミルを見送った日、私はずっと鞄に入れていたものを、ごみ箱に投げ入れた。いつか、を夢見ていたけれど、そんな日はきっと来ないから、これはもういらない。きっと私は、カミル以外にあんなに熱い感情を抱けないだろうから。

 紙くずたちと一緒に捨てられた青い羽根は、どこか寂しげだった。

あとがき

素敵なタイトルはafaikさまからお借りしました。ありがとうございます。
カミサトと称しながらカミサト成立していないという詐欺をしてしまいました。許してください。
日記でふた村の婿はチヒロだと言いましたが、カップリング的にはカミサトが一番好きです。
普段はDQ9の長編を書いてるのでばれてなかったと思いますが、私は基本的に失恋系の話が好きです。牧場の方ではそういう傾向の話を書きたいと思ってます。長編の方では書けませんからね(笑)これからときどき牧場の話も更新していけたらな、と思います。