さかさまネオン




私から見て右側の彼は、少し表情を暗くして蜜柑を頬張っている。向かい側の彼は自分に見惚れていて、もう一人はそこで座布団を枕にして競馬新聞を読んでいる。そうして、左側の彼は楽しそうにスマートフォンを眺めていて、最後に部屋の隅の方では猫と楽しそうに戯れる人。
私は、ここにいる誰かに用があってきたのだが、肝心の相手がどうもいない。
今この空間にいるのは六人。皆各々で楽しんでいるためある意味しんと静まり返っている。
襖を挟んで向こう側には女の子の浅い吐息と性行為独特の音が聞こえる。

「なまえちゃん」
「…ん?」
「いいの?十四松、これじゃあやめないよ」

右側、チョロ松くんが私に蜜柑を渡しながらそう言った。
ちなみにこの発言は今回で何度目になるか分からないほどに聞き飽きたものなので「んー」と適当に相槌を打っておく。
そんな反応を快く思わなかったらしく、小さく溜息をつくチョロ松くんを見かねておそ松くんがちらりとこちらを見たのち「いいじゃん、愛の形なんてそれぞれなんだからさ」と、茶化すように言えば、何故か向かい側に座るカラ松くんの表情が一層生き生きしだした。

「なまえちゃんがいいって言ってるんだからさ、もういいじゃん。チョロ松兄さんは何がそんなに不満なの?」
「普通に考えてさ、彼女とでもない女の人とせっ、せっ……、せ〜!!!!」
「はい、童貞乙。チェリー松兄さんはどうせ『彼女とでもない女の人とセックスするなんておかしいだろ!しかも彼女の前で!』とかいうんでしょ〜」
「そうだったらなんだよ」
「考え方が、チェリー松臭い」
「は?」
「ふっ、十四松は愛が深い男だからな……。なまえさんだけに注ぐには多すぎて…」
「え、なまえも十四松とセックスすんだろ?」
「うん」
「じゃあいいじゃん」

よかないわ!と怒るチョロ松くんをみて、トド松くんが面倒くさそうな表情をする。そんな雰囲気を察して、私も自然と鬱な気分になってきた。

私のお付き合いしている相手、松野十四松くんにはセフレ、と言ういわばセックスをするだけの関係の女の子が複数人いる。本当に性行為をするだけの関係らしく、それ以上は何もないらしい。十四松くんは嘘をつくのが下手くそだから、きっと言っていることは本当なのだろうと思う。
げんにこうやって彼女が家に遊びに来ていても、女の子との性行為を優先させるんだからそれなりに何かあるのだろう。

十四松くんがそういうことをしているのを知ったのは、付き合って半年経った頃。
その日も今日みたいに六つ子全員そろっていて、家に遊びに行けばチョロ松くんが困ったような表情をして遠回しに帰ってくれ。と言ってきたのを覚えている。それを見た一松くんがしれっと、「十四松ならいまセックス中だよ。少し待ってれば終わるから、中にでも入ってれば?」と言ってきたので腕を掴み無理矢理あがらされれば、居間の襖越しからそういうのが聞こえたわけであるが。

何度も止めるように言ったし、何度もわかれると言った。その度に十四松くんは困ったような悲しい表情をして私を抱きしめるもんだから、なんだかんだでそれがあって別れることができない。
ゆるりと私を抱きしめながら「気持ちよくなりたいって言っている女の子が気持ちよくなれるようにお手伝いすることは悪いことなの?」と聞いてくるのだ。
彼は無垢で純粋だから、皮肉とかそういう意味で言っているんじゃなく純粋な好奇心で聞いたのだろう。それから、ぎゅっと抱きしめる力を強くして「俺、ちゃんとなまえちゃんのことも好きだよ。好き……ごめんね」なんていわれるものだから、ついつい許してしまう。

「……十四松の彼女がいいって言ってるのならそれでいいじゃん」
「僕もそう思うよ〜」

一松くんとトド松くんがそう言えば、チョロ松くんは少しこちらを見た後に手元に視線を移した。
二人は同意している、というよりかは面倒くさいからそれでいいんじゃないの?という感じだ。上の2人は何も言わない。何も考えていないのか、それとも全て分かっているのか。

もらった蜜柑を剥いていけば、向こうの側の襖が開けられて、小さくてふわふわした感じの女の子が出ていくのが見えた。
少し乱れたその服装の合間から見える鬱血痕にちくりと胸が痛む。彼女は私達をみるとびっくりした表情をしてそそくさと帰っていってしまった。

「ありゃま。怖がられちゃった」
「そりゃ同じ顔が六つもあればね」
「そうじゃないでしょ、普通に隣に人がいるのに驚いたんでしょ」
「なまえちゃんっ!!!!」

ドゥーーーーーン!!!十四松くんが私を後ろから抱きしめるような形で覆いかぶさった。

「なまえちゃん、来てたんだ!」
「うん、お邪魔してます」
「ねぇ…なまえちゃん俺のこと好き?」

耳元で言われて、くすぐったい。大好きだよ、と返せばそっかー!と大きな声で言って更に抱きしめる力を強くする。
それを見かねた五人がぞろぞろとこの場を去っていくのが見えた。

「はい、俺パチンコ〜」
「カラ松ガールズを……」
「にゃっ、にゃーちゃんのCD予約しにいかないと!!」
「……っ」
「はい、はい〜お邪魔虫は撤退ね」
「ありがとう、兄さん!トド松!」

ぶんぶんと袖が伸びきったパーカーを振って、彼らを見送る。がらがら、と扉が閉められると、さっきとは叉少し違った雰囲気での静まりにかえる。

「ねぇ、なまえちゃん……」

温かい手の平が、服の中に入って腹部に円を描くようにしてなぞる。

「俺ね、なまえちゃんのこと好きだよ」

首筋にかかる熱い吐息に、彼の甘い一言に、クラクラする。それから、どろりと視界が融けた。






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