来世でも呪われますように




午後11時を過ぎた、彼奴何やってんだよ。
はぁ、と息を漏らせばそれは白く濁る。手も悴んですでに感覚もマヒしてきた。遠くの方で駅のアナウンスの声が聞こえる、もしかしたらこの電車で降りてくるかも。俺は重たい腰を上げて駅へと向かう。

彼女の家の方向に位置する出口のほうへ、向かえば女の子がわんわんと声を上げながらその場にへたり込んでいた。くたびれたサラリーマンが怪訝そうにそれをみては何もせず通り過ぎていく。
こけてしまったのか、鞄からはいくつかものが飛び散り、右足のヒールは折れている、おまけにストッキングも破けて膝小僧からは血が出ていた。
どかり、と俺はその女の子の横に座りこむ。それでも、彼女は僕なんて気にせずに泣いているもんだから、どうするべきか僕は考えあぐねた。

「なまえ」
「……っ、なに」
「帰るよ」
「いや」
「なんで」
「本当は、一松も私のことっ、迷惑って思ってるんでしょっ…」

嗚咽混じりに言う彼女は泣き過ぎて化粧も崩れている。意外に幼いんだな、すっぴん。そんなことを考えながらえぐえぐと泣き続ける彼女の顔をパーカーの袖で拭いてあげた。

「今日もミスしてっ、も…いや。私なんか、やってもできないのにっ……どうせ無理なのに」
「ふぅーん」
「もう会社やめる!」

ニートな僕には一生分からない苦しみなんだろうな、そう思いながらパーカーのポケットを漁る。缶は二つ、適当に掴んだのを取り出して彼女の頬にあてれば、吃驚いたような表情をして黙り込んだ。

「あげる」
「……ありがと」
「ん」

自分のぶんと彼女のぶんも、そう思って二つ買ったけどいいや。二つとも彼女にあげてしまおう。とうにぬるくなっているそれを、散らばった彼女の鞄を片付けるついでに押し込んだ。
時間はそろそろ日付を跨ごうとする頃だ。辺りはだれもいない。なまえの声しか聞こえなかった。

「ほら、帰るよ」

乗って、背中を彼女に向けてそう言えば少し渋った表情をした後におずおずとそれに従う。
よいしょ、くそニートなもんで体力にはあまり自信がなかったのだが彼女はそれよりも軽かった。彼女をおぶって家へと向かう。兄弟たちはもう寝ているかもしれない、だから今日は彼女を家に泊めてしまおう。
なまえ、心配だから今日は傍にいるよ。なんて素直に言えればいいけどなんせひねくれを極めてしまったたちだから、そんなこと言える訳もなく、勇気を振り絞って言えた一言は、家来る?くらいだった。今日は一層不機嫌な彼女の事だから、いいと突っぱねられると思っていたが予想に反して彼女はもごもごとした口調で小さく、いく。とだけ答えた。

真っ暗な夜道、好きな女の子を背負って家へと向かう。
えっちなことをいたいとか、そんな気分にはならなかった。そんなことする余裕はどこにもない。

「ね、一松」
「……なに?」
「死にたい」

かすれた声が、耳を掠めた。
冗談に聞こえないんだよな、お前が言うと。首元にまわされていた手はだらり、と落ちる。

「いっつもミスばっかりで、人間関係も上手くいかないし……生きてて楽しくない…」
「ふぅん、じゃあ死ぬんだ」
「……うん」
「じゃあ、死ぬときはちゃんと僕にいってね。いつ、どこで、どうやって死ぬか」
「どうして?」

僕も後を追うから、そう言えば彼女は再びだんまりを決め込んだ。
ネガティブな彼女の生き辛さは、卑屈な僕とよく似ている。人間関係も上手くいかないって、それってぼくのことを含んでいるのだろうか。僕は割かし上手くいってると思うんだけど。
見えてないんだと思う、僕はこんなに想っているのに彼女は嫌なことしか気が向かないから、暫くは僕の好意に気づいてくれることは無さそうだ。
はぁ、と再び溜息を漏らせば息は白くなる。それをみたなまえはくつくつと笑いをかみ殺していた。忙しい人、さっきまで泣いて怒ってたくせに今は何が面白いのか笑っている。
よいしょ、少しずれてきた体制を再び持ち直せば彼女は嬉しそうだ。声が響いた。

今日は満月で明るいのに、気持ちは反してくらいの。なまえはそういった。僕は何も答えない。そうすればだらりと脱力した彼女の手は再び僕の首元にまわされる。

「こんど、いやになったら死ぬ」
「へぇ」
「自分の部屋かな、でも入水でもいいかも。マリンスノーを見ながら死ぬの」
「身投げ?」
「うん、本当は宇宙で窒息死したいんだけど」

へぇ、と返すと一松はどうするの?と聞かれる。
どうしようか、なんだっていいかも。僕は弱い人間だから、自分じゃ自分を殺すことは出来ないだろう。

「なまえに殺してもらう」
「後追いにならないよ」
「じゃあ、僕も宇宙で窒息死する」

位置的に声しか聞こえないから彼女がどんな表情をしているか知らないけど、きっと笑っているんだろうな。と思った。
月明かりが照らして、影が伸びる。家はもうすぐそこだ。

(一松くんとネガティブな女の子の話)


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