平行線を辿るモラル




ない、ない、ない。おかしい、確かにここにあるはずなのに。
四畳半の簡易なトイレと洗面台、それから薄い布団しかない自分の部屋にはなかったし、シャワー室にもなかった。じゃあ、残るは必然的にここ、更衣室にあるはずなのに、どこにもなかった。昨日確かに、勤務が終わった後に、いつものロッカーに入れたはずなのに……。洗濯に出した記憶もない、ましてや誰かに貸したりだなんてそんなこともしていない。
すっからかんなロッカーを何度も見直すけれども、そこには昨日確かにあった私の作業着はなかった。

「ねぇ、もう仕事始まってんだけど」
「ぁ、班長……」
「いつまでもここで何してんの」

作業着がどこにもなくて困っていれば、ノックもなしに終身名誉班長が更衣室に入ってきた。深くかぶった帽子から表情を読み取るのは難しいけど、口調からして苛立っているように思える。
すみません、作業着がないんです。と素直に言えば、ふーんと一言、それだけ言って班長は黙り込んでしまった。

「き、昨日確かにここにいれて…それで」
「……」
「……すみません」
「……」
「……」
「あのさぁ」

もう仕事の時間とっくに始まってるんだけど。班長はそう言ってから私の手首を掴んでから、私をロッカーに押し付けて、班長の身体を密着させてからもう一度「仕事の時間とっくにはじまってんだけど」と繰り返した。班長の声は低くて、耳元で言われると、ぞわりと粟立つ。

ブラック工場、名前からして胡散臭い私の勤め先に、女性は私以外いなくて、他の人は皆男の人だった。だからそこ、負けないようにと仕事に励むことができるし、雇用条件、寮なんかの施設は最低だけど、それに反してお給料はとてもよかった。
今の私にはどうしても、まとまったお金が必要で、だから両親にも友人にも内緒でここで住み込みで働いているのだ。何時間も単純な作業は退屈で嫌になるけれど、それにさえ慣れてしまえばどうってことない。今の私は、お金が必要なのだ。
何を作っているのか分からない工場で、叉、それを聞くのはタブーらしい。入ったころに少しだけ仲良くしてくれた男の人が教えてくれた。噂じゃあ、ブラック工場を運営しているのはマフィア関係の組織で、納期に間に合わなかったり、ここの工場のあれやこれやを外部に漏らすことや、叉、この工場に不都合になるようなことをすると、最悪撃ち殺されたり、臓器を売られたりするらしい。実際に見たことはわからないから本当かどうかは分からないけど、でもそれを私に教えてくれたその男の人は、いつの間にかいなくなっていた。
そんなわけで、以上に厳しい罰を設けているこの工場は叉、遅刻も厳禁なわけで、お給料を減らされたり、ご飯をもらえなかったりするらしい。
ちらり、と蜘蛛の巣が張られている壁にかけられた時計を見ると始業まであと五分は残っていた。

「あぁ、そのクソ時計十分位遅れてるんだよねぇ」
「あ、え」
「それに、作業着がないなら、下着がなんかで作業すればいいじゃん」
「は、班長」
「まぁ、とりあえずなまえちゃんは遅刻ね。ここの工場遅刻した人には罰を設ける決まりがあるから」
「ひっ」

太腿に、ぐりぐりと固い何かをあてられている感触がする。それは熱を持っていて一体何なのか、分かってしまうと胃の中から何かがせりあがってくる感覚がした。


こんなクソ雇用条件ブラック工場でありがたくもない役職をもらって早数か月。野郎しかいない地獄みたいな場所に、女の子が入ってきた。詳しい事情はよく分からなかったけど、どうしてもお金が必要らしく、しばらくここで住み込みで働くと言っていた。
馬鹿みたいに長い労働時間に劣悪な環境、野郎しかいないということにもあって、彼女を見つめるその瞳は誰一人として例外なく欲情を孕んだものだった。
勿論、僕も例外ではない。この工場を運営しているクソマフィアが、唐突に納期を縮めて、三徹なんてこともざらにある。おまけにうちの工場の視察にくるクソマフィアは頭が可笑しく、相手をするだけでも疲れてしまう。そんなときは、こっそりトイレにいって彼女を思いながら抜くのが日課だった。
お金が欲しいからって、こんな男しかいない密閉空間みたいなところに女の子一人でくるなんて、犯してくださいって言っているようなものだろうと、なまえちゃんにそんな意志はなくともそのようにして受け取ってしまうのだ。
そして、今日作業着がないといった彼女はついに工場の罰則事項である遅刻をしてしまった。本来なら、給料カットで済まされるのだが、こういう時に嬉しくもない役職は役に立つもので、好きに罰則を加えてもいいらしい。
さすがブラック工場。
野郎が遅刻したって、規定通りに給料カット食事一日なしで済まされるのだが、彼女となれば叉訳が違う。どうしてやろうか、なんてことは彼女がここに来てから嫌と言うほど考えていたことだ。やっと、今日、それができると思うと昨日のクソマフィアのことなんてどうでもいい。

「ねぇ、なんでこんな男しかいないような場所にきたの」
「ひっ…っえ?」
「なんで、ここで働こうと思ったの?なんで、お金がほしいの?」
「…っ、こ、恋人が…病気で…手術をするのに、まとまったお金が欲しくて……」
「ふぅーん」
「……」
「まぁいいや、そんなことよりさ。僕の童貞もらってくれない?」

ぐりぐりと、更に強く柔らかい彼女の太腿にソレをあてれば、真っ青だった彼女の表情は更に悪くなりとうとう泣き出してしまった。
どうせ処女じゃないくせに、カマトトぶって。
やめてください、と今にも消えてしまいそうなか細い声でいうその言葉を無視して、僕は無遠慮にTシャツと下着をたくし上げて、彼女の胸に触れた。やわやわと優しく触れていってから、段々と強くしていって、ぐにぐにと形が変わるほど強く揉みしだく。さめざめと泣きながらなまえちゃんは、やめてくださいと言わんばかりに僕の腕を掴んだ。

「なまえちゃん知ってる?うちの工場はマフィアが運営してること。たまに視察にくるクソマフィアがさぁ、なまえちゃんのこと気に入ってるみたいで愛人にしたいって昨日言ってたんだけど」
「…っ、うぅ」
「マフィアの愛人になったら、もうなまえちゃんの大好きな恋人に会うこともできないと思うんだよね。しかもそのクソマフィア滅茶苦茶趣味悪いし」
「っひ、あ」
「僕が掛け合ってあげるから、セックスさせてよ」

ふるふると首を横にふるなまえちゃんの顎と、胸を触っていない方の手で無理矢理掴んでから、べろりと涙を舐めとる。あぁ、やっぱり女の子だ。一生懸命に抵抗しているのに、全く力が入っていない。それに野郎とは違って、ごつごつもしていないし、細くて、柔らかくてすぐに壊れてしまいそうだった。

「で、できません…好きでもない人、とそんなこと…したく、ないです……」
「あっそ」

どこまでも女の子だ。セックスなんて好きでない相手ともできるっていうのに。まぁ、僕はなまえちゃんのこと好きだけどね。
実は、なくなったなまえちゃんの作業着は僕が持っていたりする。と、いうのも昨日ロッカーに置いていったそれを、こっそり拝借して、そういうことをするときに使ったのだ。無論、彼女の作業着は僕の精液まみれで、それでもいいなら返そうかななんて思いながら、なまえちゃんのズボンとパンツに手をかけた。


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