駆け出しロマンス




一松くんが風邪を引いたらしい。
そういえばこの前の兄弟そろって風邪をこじらせていなかったっけ?、一松君のことを報告してくれた十四松くんにそう聞けば「一松兄さんは、昨日の雨の日に堤防近くに捨てられている猫の世話をしに行ったんだよ!」と言っていたので、おそらくそれでぶり返したのだろう。何か簡単に食べられそうなものを買って、松野家にお邪魔した。
いつも騒がしいのはかわりなくて、一松くん以外は案の定居間で楽しくニート生活をエンジョイしていた。玄関で立ち尽くす私を見たおそ松くんは、にへらと笑って「一松なら、二階で寝てるから、看病してあげて」そう言って、千円を片手に外に出ていってしまった。

お邪魔します、と一言。脱いだパンプスを綺麗にそろえて端っこの方に置いてから、二階へと上がる。襖をあげれば、大きなお布団の端っこでぽつんと、顔を少し紅くして眠っている一松くんがいた。
なるべく音をたてないようにして買ってきたそれらを置いてから、軽くおでこに手をあてる。ちょっぴり熱いかな、でもおでこだけじゃわからないから頬、首筋、に手を当てていれば「うぅ」と小さく唸る声がして、一松くんが目を覚ました。

「あ、ごめん……起こしちゃった?」
「……あれ、なまえ?」
「うん」
「なんで?」
「十四松くんから連絡もらって」
「……ん」

そっか、といつも以上にけだるげな反応を返して再び目を閉じた。
下では、楽しそうな笑い声が聞こえている。それを聞いてか微かに眉を顰めるのが見えた。
寂しいのかもしれない、というか、たぶん暇を持て余してるし、一松くんはとくに寂しがり屋だから、ああやっていつも通り兄弟のなかに混じれないことに寂しさを抱えているは明らかだ。そう思いながらおでこに置いてあったタオルを枕元の洗面器につけて絞る。

「ねぇ、なまえ」
「んー?」
「身体熱いからさ、拭いてよ」
「わかった」

タオルならそこにあるから、そう言って一松くんは重たそうに上半身を起こした。いつものなんだか気だるげな雰囲気は纏っているものの、今日はいつもに増してどんよりとした雰囲気が彼の周りを取り巻いていた。ぐったりした一松くんのその雰囲気に既視感を感じる。でも、それが一今一なんだか思いだせないままだ。
一松くん、パジャマのボタン開けて、そう言えばめんどくさそうにこちらに視線を向けてから、くたり、と凭れ掛かってきた。

「無理、なまえが脱がせて」
「…わかった」

ボタンに手をかければ、ふっ、と小さく息が漏れるのが聞こえた。それから少し肌蹴させて、拭いていく。
うっ、とか、あっ、とか時折漏れる声にさっきの既視感のモヤモヤガはれていくような気がした。そうだ、行為中に一松くんはこれに似た声をあげる。引っかかったことが見事解決して少しすっきりした。
時間はお昼を過ぎたころで、ゆるくしめられたカーテンの隙間からは明るい光が漏れている。全くもってそんな気分にはならなかった。そんなことよりも、食事あとだからか、圧倒的に眠い。一松くんの様子を少し見たら、さっさと帰って少し仮眠でも取りたいと思う。
無地のタンクトップを捲って、優しく腹部にタオルをあてればその度に、ぴくりと肩を揺らす。

「一松くん、あの……」
「……なに?」
「…………何にもない」

返事はとてもしんどうそうで、わざとそんなことをしているようには思わなかった。考え過ぎかな、パジャマを脱がせて背中を拭いていく。
何度もいうけれど、今はそんな雰囲気ではないし、私もそんな気分じゃない。それよか、早く昼寝がしたいのだ。思ったよりも広くて、熱い背中を拭いていると、肩甲骨らへんに引っ掻き傷を見つける。
あ、そうだ。これ、最近私が。
どうして、風邪をひいた一松くんを看病しているだけなのにいちいち性行為のことを連想しなきゃいけないのか。風邪を引いている一松くんを純粋に看病して、心配しているはずなのに、急にそんな気分になるわけがない。
はぁ、とため息をついて拭き終わったそれを置いてパジャマを着直しさせる。一松くんにしては、珍しく小さな声で「ありがとう」と返してくれた。
免疫力も弱くなれば、自分に虚勢を張ることも弱くなってしまうのかもしれない。
熱いからなまえちゃん冷たくて、気持ちいい。凭れ掛かったままの一松くんはそのままへにゃりと笑った。
いつもより素直で甘えたがりの一松くんが可愛くて仕方がない。

「何か食べた?」
「…ううん」
「適当に買ってきたから、食べよう。何か、食べたいものある?」
「…いらない」
「でも」
「ね、キスしてよ」

えっと。
あたふたする私に一松くんは火照った表情で微笑んでから唇を寄せた。ふわりと香る匂いはいつもの一松くんなのに、いつもより体温が高いせいかなんだか苦しい。腰にまわされた手は、案の定熱を持っていていつものように力強く、半場むりやり押し付けたりするような強引さはなくて、むしろ弱々しくて簡単に振りほどけてしまいそうだった。
いつもとすべてが違うように感じる。一松くんは一松くんなのに、少し素直なだけでこんなにも変わるんだ、どっちも一松くんも好きだからいいんだけど、たまには素直でも悪くないかな、なんて思いながらもう一度キスをする。
腰にまわされた手は、服の中に入ってきてから背中をぐるりと円を描くように撫でた。

「なまえ、しよ」
「熱でてるから」
「騎乗位でいい」
「お願い、寝て」
「じゃあ、なまえも」

弱々しく押し倒されて、そのままベッドに引きずりこまれる。
ぱちり、と目があうと、再びへにゃりと笑ってから唇を吸い寄せられる。
布団の中は熱い。


≪ ≫