盲目の真実




目立ちたい。人を蹴落としてまでも上に行きたい、人にかっこ悪い姿は見せたくない。惨めな自分なんて嫌だ、僕はやればできるから今カースト最底辺にいることは明らかだけど、すぐに上の方まで這いあがってやる。
僕の自意識を支えるためには、沢山の人から「トド松くんっていい人だよね」なんて言葉が必要だった。本当は働きたくないし、おべっかばっかりは疲れるし、面白くもないことにへらへら笑うのにはかなりの体力が必要だったりする。でも、僕は、それをしてまでも皆からちやほやされて目立ちたかった。

自分でいうのもなんかアレな気がするけど、僕って松野家の中ではルックス担当だし、それなりに世渡りの方法もわかっている方だと思う。だから、女の子がどういうことを言えば喜んでくれるか、というか、僕にいい印象を持ってくれるかと言うのはそれなりに理解しているつもりだ。僕的には、いい印象を持ってほしいだけで、恋愛として僕の事を好きになってもらいたくはない。
女の子って大概が単純で、「可愛いね」とか「すごくいいと思うよ」って褒めてあげればいい気になるもんだから、ちょろいちょろい。でも、たまーーに、僕のおべっかを本気にする女の子がいて、これがまた面倒臭い。直接「僕は君に興味がないよ」なんて言っちゃえばめそめそぐずぐず泣いて、最悪の場合SNSなんかで謎のクソポエムなんか発表して悲劇のヒロインぶって、僕を悪者にしちゃうからうっとおしいことこの上ない。
僕には彼女がいるんだ、だから誰とも付き合えない。
なまえちゃんといって、顔は特別可愛いわけではないし、これが可愛いよ!って胸を張っていえるところはほとんどないけれども、優しいし僕の言うことはなんだって聞いてくれるいい子だ。付き合ってかれこれ、何年になるかな……あんまりちゃんと覚えていないけれども、結構長いと思う。僕が働いていないクソニートだということに理解を示してくれていて、出しゃばらないし僕のおべっかを本気で受けないいい子。

「トド松くん、」
「なに?」
「あの……えっと、電話なってるよ」
「うん」
「……でないの?」
「うん、いいや。大した用なんでほとんどこないし」

その電話の相手、僕のお世辞を真に受けて本気で好きになっちゃったみたいなんだよね、本当にやってらんない。僕は、興味ないっての!顔も中身のブスはごめんだ。
大丈夫だからね、そう言って電源を切った。なまえちゃんはまだ少し納得いかないような表情をしたけれども、もう一度大丈夫だよと言えば、うんと頷いて笑ってくれた。

「あ、ちょっと出かけてくるね」
「うん」
「二、三時間くらいしたら帰ってくるから」
「気を付けてね」
「ありがとう」

いってらっしゃい、そう言ってなまえちゃんは僕を玄関までお見送りしてくれた。
ね、よくできた彼女でしょ?


タバコ買って、適当にウィンドウショッピングしたら帰ろうと思ってたんだけど運悪く、あの電話の相手と遭遇してしまった。どうして電話もメールも出てくれないの!と人目も憚らず大きな声で怒鳴り散らしては、わんわんと泣きはじめる。そういうのみっともないから、やめてほしいんだけどな。泣いている彼女を落ち着かせるために、とりあえず近くの喫茶店に入って温かいものでも飲ませよう。
まぁ、なんか適当に言えば言い逃れできるだろう。


なまえちゃんには、二、三時間くらいしたら戻ると言いながら、だいぶ遅れた時間に、やっとあのクソメンヘラから解放された。
はぁ、本当に空気読めないし、煩いし、人の話聞かないし最低だったよ。数時間前に買った煙草に一本火をつけて吸う。辺りは既に真っ暗で、きらきらと嫌に眩しいネオンが目に突き刺さるようにして痛い。寒いし早くなまえちゃんの元に戻ろうと、僕は吸殻をくしゃりと踏んで帰路に着く。


いつもならこの時間は、ご飯を作っているはずであかりがついているはずなのに、彼女のアパートは真っ暗で鍵がかかっていた。
珍しい、買い物かな。とりあえずもらった合鍵で鍵をかけて部屋に入る。僕がここに来るときは彼女がいるのが当たり前だから、なんだか少し慣れない。
真っ暗で静まり返った廊下はひんやりとしていて、なんだか嫌な胸騒ぎがした。なまえちゃん、と名前を呼んでみるも帰ってくることがない。
ぱち、と電気を付けてみると何もない無機質なテーブルに小さな紙が一枚置かれていた。置手紙らしい、電話やら無料通話アプリで連絡してくれればいいのに。そう思いながら僕は、それを適当に読み流していく。

内容はいたってシンプルで、『トド松くんといることにつかれました、さようなら』とだけ、綺麗で小さな字で書かれていた。
僕はそれを何度か読み返してから、びりびりに破いてゴミ箱に捨て、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
あ〜〜、本当に女って面倒くさいなぁ……。僕はなまえちゃんだけだったのに。


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