the bottomless pit




「はーい、全員集合してくださーい」

低めのテンションで声をかければ各々の事をしている弟達は俺を少しみてから、いつものように円になるような体形になって座る。俺がどこからとなく地図を出すと、トド松は全て分かったかのようにポケットからスマホを取り出した。

「まっ、どうせ遠くには逃げられないけど。どうするよ」
「……ふっ、ここは俺が」
「うーん」
「どうせ、自分で帰ってくるって」
「僕が一番早いよ!」
「この距離なら、別に誰でもいい気がするけど」

一人一言ずつこの状況に対する解決策を語れば、しんと誰もしゃべれなくなった。
向けられる視線は、トド松のスマホ。GPSを起動させているそれは、誰か、の行く先を表している。家から一キロ範囲の所だろうか、一生懸命に北へと移動しているようだった。

あーあ、面白いなぁ。ただ少し遊ぼうって言っただけなのに。子供心に帰って楽しもうってだけなのに、本気にしちゃって。

「各々でやるか。で、見つけたらここにキチンと、連れて帰ってくること。いいな?」
「えっ?」
「抜け駆けなんかしたら、二度となまえに触れられなくなると思えよ。はーい、じゃあ解散」

納得がいかない、と言う顔をするチョロ松を無視して話を終わらせる。
いくら遠くに行かないとは言えど、いつまでもほっておくわけにはいかない。早く捕まえなくちゃなまえも寂しがってるし、可哀想だろ。
日頃は自分のことしか考えてない俺らなのに、共通の目標があればここまで団結するんだから、本当によく出来た六つ子だよねぇ。
自然と口角が上がって、気分が軽くなる。なまえは今頃、どんな気分なのだろうか。
俺達のことで頭がいっぱいなら、嬉しいなぁ。


逃げている。
逃げて、逃げて、逃げないといけない。
何が、幼心に戻ってかくれんぼだよ。ばーか、やるわけないだろう。しかも、鬼が六人なんてそもそも、楽しむ目的が違うに決まっている。
捕まってしまえば、もう二度と逃げることなんて出来ない。なんとなくだけど、そう思った。
十分だけ待つから好きな所に隠れてね。なんて言われたけど、言うことに従うつもりなんて微塵もない。
早くここから逃げて、そのまましばらくは姿を暗まそう。なるべく人混みに混じりながら、いろんな人で見つかりにくくしながら逃げていく。とりあえず、バスか電車でも使って隣の県にでも逃げればひとまずは安心だろう。
スマホで、時刻表を検索しながらとりえず最寄りの駅へと向かう。
所々で見かける、六色のパーカーを見てはどきりとして、それが彼らじゃないことに安堵をし、を繰り返しながら進んでいく。

「なまえちゃん」

どきり。
後ろから、声をかけられてそれから肩を掴まれる。
身体が動かなくなったくせに、どきどきと心臓は鼓動を繰り返す。周りには沢山の人がいるのに音なんて聞こえないみたいだった。振り向きたくないという意志に反して、身体は声のする方向へと振り向く。

「……っ!」
「そ、そんなに嫌がらないで。大丈夫」
「……チョロ松くん?」
「なまえちゃんを安全な場所に連れていくから」
「本当?」

ごめんね、馬鹿な六つ子で。そう言ってチョロ松くんは苦笑いをした。
私は、チョロ松くんの手を握る。温かいそれに、思わず涙が出そうになった。
誰も助けてくれないと思っていたから、どうしようもなく不安だったから、チョロ松くんがここで助けに来てくれてうれしかった。
ぽろぽろ、と涙が溢れる。それを見れば彼はぎょっとした表情で私を見てから、あたふたし始める。少し可愛いななんて思いながらも、涙は止まらなかった。

「ご、ごめんね!僕じゃ嫌だよね……でも、僕がなまえちゃんを」
「こっちこそ、ごめんね…嬉しくて……」
「えっ、あっ、う、嬉しい?」

そっか、嬉しいのか!、そう言って少し挙動不審に視線を泳がせた後、チョロ松くんはぎゅっと手を握り返してくれた。伏し目がちに、私の方を見るその頬はそれとなく紅くなっている。
涙が止まるのをチョロ松くんは待ってくれて、私が落ち着いたときを見計らって手を取って私が進んできた道と、これから進もうとしていた方向とは別の場所に進んでいく。
チョロ松くんが来てくれたからか、気が緩んで私はその場にへたり込んでしまった。大丈夫だよ、そう言って立とうと思っても足に力が入らなくて、立ち上がることもできなかった。すると、彼はしゃがんで私の頭を優しく撫でてくれた。

「ねぇ、どこに、」
「なまえ〜〜〜、探したよ」

私の言葉が遮られた。
ぐっ、と後ろから抱きしめられる感覚と共に視界が真っ暗になる。腹部にまわされた手は、力が込められていて苦しいこと仕方がない。
おそ松が私の名前をよんで、嬉しそうに頬を撫でた。いつもの馬鹿な感じとは違って、何かがおかしい。そのまま前に体重をかける。チョロ松くんも手を握っていたその手は、握るものから指を絡めるものに変わっていた。
どういうことだ、何が起こっているんだ。私はただ、逃げるためにチョロ松くんと一緒に。

首筋に生温かい感触を受けながら、今一理解しがたいこの状況を整理していく。

「ああ〜かくれんぼって言ったのに、逃げようとするから。それは鬼ごっこね」
「おそ、松」
「ほんと、俺らが目を離すとすぐそういうことするよね。どれだけ心配していると思ってるの」
「おそ松、ねぇ、おそ松」
「はい、みぃ〜つけた。カラ松と十四松はなまえが逃げないように見てて。なまえは……二階で囲うか。帰ったら一松とトド松は準備な。チョロ松はナイス〜〜〜。お前がいないと、どうにもなんなかったよ」

ぱっ、と身体を離されて自由と視界が戻ってくる。
夕焼けが綺麗だ。
おそ松が離れると入れ替わりで、カラ松と十四松が私の腕を掴んだ。いつものようなじゃれる感じではなくて、拘束するような感じ。逃げようとよじれば、カラ松が腰を抱きしめた。
ひっ、と情けない声が漏れる。いつもは優しいのに、嫌がることなんてしないのに。なのに、なんで。
やめて、と言えばそれは出来ない。と短く返ってきた。腕を振り払おうとも身体をよじっても、何をしても離してくれなかった。

「いやぁ〜、一緒に逃げると見せかけておびき寄せるのはナイスだよ〜」
「おそ松兄さんたちはバカすぎ。追っかければ捕まえられるわけじゃないんだから」
「えっ、チョロ松くん……?」

ごめんね、僕もなまえちゃんのこと凄く心配してたんだ。そう言って、こちらに笑みを浮かべた。

全て、全て踊らされていたのだ。かくれんぼをしたが最後、こうやって人の気持ちを台無しにしてまで、地の底まで這よってくるのだろう。チョロ松くんの優しさは嘘、正しくは、そもそもなかった。
少しでも期待した自分がバカらしかった、その優しさに縋りついたことが、恥ずかしくて、馬鹿らしくて、悲しかった。
ぐちゃぐちゃになった気持ちは涙、という形で彼らに届けられる。それを見ると皆一瞬困ったような表情をした。いつの間にか目の前にいた一松くんが私の涙を指で拭ってから唇を軽くなぞる。

「ん、じゃあもう一回集合な。これから、どうするか」
「僕一番がいいなぁ、スマホのおかげでしょ!」
「まぁ、なまえの意見も聞いてやろうなぁ。はい、じゃあ寒いし帰ろっか!」

狂っているこの空間に、私の意見なんてものはないに等しい。
そもそも、私がこの先外に出ることや、私自身を決める選択肢なんてあるとは思えないけど。
引きずられるようにして、松野家にむかうのだった。


≪ ≫