きみとみるゆめ




僕は松野家、五男。上から五番目。下から三番目。下には弟のトド松とそれからいくつか歳が離れた妹、なまえがいる。
なまえはいつも僕ら六つ子に混ざりたくて、やんちゃして騒がしく日々を過ごす僕らの後を追いかけてくるようなそんな女の子。僕らが少しづつ大人になって、一人の人間として生きていくようになってからは、あまり僕らの後をついてくるようなことはしなかったけど、僕のことをお兄ちゃんと呼んで頼ってくれることは変わらなかった。
そう、僕はなまえからみれば六人いる兄の一人に過ぎなくて、叉、僕からみたなまえは可愛い、大切な、妹なのだ。
妹、血縁関係。家族。だから、妹として僕はなまえを見ないといけない。
歳だってそんなに離れていない、でもなまえは僕なんかよりもずっとずっと大人で、働きたくないと意見を変えない甘たっれな僕達とは違って、大学を出るとキチンと就職したし、今だってお酒が入ると弱音を吐くけれども何だかんだ頑張っている。
僕なんかより、僕らなんかより、ずっとずっと努力して、立派。

小さなころは僕らとなんて変わりなかったのに、段々と女の子から女性になっていって、変わらなかった背丈も、随分と小さくなったし、柔らかい綺麗な女性になった。本当に僕らみたいな六つ子の妹なのかなってほどに。

だから、こんな気持ちになってしまったのかもしれない。ずっと、何も変わらなかったらよかったのに。
なまえは綺麗にならなかったらよかったのに。……嘘、綺麗でうれしいけど嬉しくない。

いつものように河川敷で野球をしにいってもよかったのに、僕はそんなことを屋根の上で一人、空を仰ぎながら考えていた。

まぁ、考えたって何も変わらないし、僕らが兄妹である限り変えようのないことだし、僕はお兄ちゃんだから。なまえのお兄ちゃんだから、だから、僕が守ってあげないと。僕は守ってあげるだけでいいんだ。
こんな気持ち、知らなくていい。気づかなくていい。届かなくていい。
さぁて、解決策は出たことだしいつものように野球をしに行こう。いっぱい素振りして、ホームランを決められるようにしないと!
勢いよく立ち上がって、それからベランダの方から家に入る。
家はいつもそれなりに騒がしいのに、今は変に静かだった。
皆、どこかに出かけちゃったのかな。母さんも、買い物に行ったのかも。僕も早くいかないと日が暮れてしまう!バッドを探しに部屋へ向かえば、小さな話し声が聞こえた。
なぁんだ、誰かいるのか。いつものように突撃しようと、取っ手に手をかけ少しだけ横に引けば、思ってもみない状況で、引く手を止めてしまった。

なまえが誰かに組み敷かれている。僕でも知っている、その体制がこれから何をするためのものなのか。それから、それが何を意味しているのか。

「なまえ」
「……本当に、ヤダっ……私は妹だからっ」
「一回だけ」

覆いかぶさるようなそんな体制に、なまえは成す術なく「嫌だ、嫌だ」と抵抗の意志を見せているだけだった。

誰かは知らない。それは半裸で僕らを見分けるパーカーは見当たらない。おそ松兄さんかもしれないし、カラ松兄さんの可能性もある。チョロ松兄さんでないと言い切れることもなければ、一松兄さんであってもおかしくない。もちろん、トド松も十分にあり得る。
なまえは、大切な妹だから。僕は、なまえのお兄ちゃんだから。守ってあげないと。

少し怖かったけど、僕は扉を勢いよく開けてそれからいつものようなテンションで部屋に入る。
吃驚する二人を見てから、素早く二人を引きはがしてなまえの手を取った。

「あっ、ちょ……」
「なまえは、僕と野球するから!」

とられたくなかった、とは言えなかった。そもそも僕のものでもないし。
なまえの走る速さじゃあ追って来られてはきっと追いつかれてしまうだろうから、僕はなまえをおぶってとりあえず行先もなく家から離れた。しばらく何も考えずに走って、走って、走って、走って。
人がこないような公園で一息つく。

「大丈夫だった?」
「…う、うん」
「セクロスしてたの?」
「うーん……未遂だから」
「そっか!」

思ったよりも、冷静でよかった。僕はなまえの横に座る。

「ねぇ、十四松兄ちゃん」
「んー?」
「どうして助けてくれたの?」

どう答えればいいのか、どう答えれば誰も困らずに済むのか。色々と考えていれば、なまえは少し困ったような表情をしながら僕の顔を覗き込んだ。
なまえの瞳に僕が映る。ふいっ、と顔を逸らす。
バレちゃ駄目だ、僕はなまえのお兄ちゃんだから。お兄ちゃんは妹にこんな気持ちもっちゃいけないから。なまえはぼくのことそんな風に思っていないから。

「ぼ、僕はなまえのお兄ちゃんだから!妹を守るのはトーゼンっす!」
「……そっか」
「うん」

あ、今一瞬泣きそうな顔をした。
僕の答えは間違っていたのかもしれない。なまえを喜ばせたくて、悲しませたくなくて、そう考えて出した答えだったのに。なのに、それが結果としてなまえを悲しませてしまったのか。
じゃあ、僕はどうすればいい。こんな気持ち、言っちゃ駄目に決まってるのに。
僕は、松野家五男、松野十四松。なまえのお兄ちゃんなのだ。お兄ちゃん、だから、僕がなまえのことを好きになるのは、恋愛感情を持つのは駄目なのに。

「変なこと聞いてごめんね」

そう言って笑った彼女の笑顔は今まで見てきた中で、最も可愛くなかった。
泣かないように無理矢理我慢しているのが見える。僕は、そんな顔をさせたかったわけじゃない。
僕は、なまえが好きなだけなんだ。

「……なまえ」
「ご、ごめんね……」

ぽろぽろ、と彼女の瞳からは大粒の涙が流れていた。すぐに止まるからね、そう言ってごしごしと強く目元を擦る。
僕が、泣かせたから。ゆるり、と彼女の腕を掴んで、こちら側に引き寄せる。

「ぼ、僕は…なまえが好きだよ!女の子、として。結婚したい、の意味で」

今までずっと秘密にしていたことは案外あっけなく、漏れてしまった。一度言ってしまった、それはとどめなく溢れてそれから止まることを知らない。
言わなくてもよかったことが、僕の口から突いて出た。

「……、」
「でもね、僕、お兄ちゃんだから!!だから、なまえを守んないといけない!だから、」
「私も、好きだよ……結婚したいの意味で」

何が起こったか分からない。
頭から冷や水を浴びせられたような、鈍器で殴られたような。色々と考えを張り巡らせていた脳内は、たちまち真っ白に塗り替えられる。
私も、好きって。
ぱちくり、何度か大きく瞬きをして抱きしめている彼女を見つめた。僕の胸に顔を押し付けていて表情をみることは出来ないけど、耳がほんのり紅潮しているからきっと僕の勘違いではないんだと思う。
期待してもいいんだろうか。彼女を抱きしめる力を強くすれば、彼女も同じようにして僕に手をまわした。

「あ、あの……」
「十四松お兄ちゃんなら、私いいよ。なにしてくれても」

そういう意味として受け取ってもいいんだろうか。
なまえが僕にうずくめていた顔をばっ、と離すと僕の唇を吸い寄せた。


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