同じ地獄で待ち合わせ




「ねぇ、なまえ〜!どこにいるの〜」

近くでおそ松くんの声が聞こえる。
額には嫌な汗が流れ、心臓はどきどきと大きく鼓動を繰り返す。息を殺しておそ松くんが遠くに行くのを待つしかない。迂闊なことは出来ないこの状況に、呼吸をするの一つでさえも細心の注意を払う。
ばれないように、気づかないように、そのまま遠くに行ってしまうように。

「なまえ、それでいいの?俺から逃げられるの?」

ぞわり、と背筋が凍るような気分になった。
そうだ私なんかがおそ松くんから逃げられるわけなんてないんだ。今なら、素直に出て謝れば、酷いことされなくて済むかも。いっぱい謝って、それからいつもみたいに…。
「おそ松くん」と声をかけようとすれば、ぐっと口元を手で覆われる。それから、耳元で小さく「出るべきじゃない」と重低音の声が這った。
抱きかかえるようにして、すっぽり収まっているその体制に、どきり。と嫌な意味で心臓が跳ねた。
口元を抑えていない方の手は腹部にまわされて、逃がさんとばかりに強く抱きしめられる。

「駄目だ、なまえ」
「……っ」

真冬と言えど、小さな押し入れの中に成人している男女が二人入るのには狭いし何よりも熱い。密着しているとなれば、相手の肌の体温を感じ、更に熱は籠る。

「……なまえ」

低く甘い、脳みそを溶かしてしまうような声で再び名前を呼ばれて、ちゅっと首筋に唇を押し付けられた。


おそ松兄さんの大切な人であって、俺の大切な人ではない。いや、大切は大切なんだけど、俺が彼女のことを守るのはお門違いというか、それはおそ松の仕事というか。
とりあえず、なまえとおそ松の間はそういう関係で成り立っているから、俺がどうこうと口を挟んだりお節介を焼いたりする必要も義務もない。俺は二人の仲を外から見ているだけでよかったんだ、松野家次男として。
俺もそのつもりだったし、二人もそういう風に考えていた思う。けれども現状はそうではなく、俺は松野カラ松として、なまえを見ていた。

今日、おそ松の機嫌は朝からすこぶる悪かった。兄弟皆もそれを気にしていて、あたられる前に逃げてしまおうと俺以外は皆私外に出払ってしまった。その時にタイミング悪く、なまえが訊ねてきた。早く帰れと言っているうちにおそ松が帰ってきてしまい。
機嫌の悪いおそ松なんて、誰にも止められはしないんだから。俺は彼女を引き連れて慌てて押し入れに隠れた。

実は、なまえは常におそ松に何かを強いされていることは、具体的ではないが知っていた。それを彼女にとってはのぞましくないことであることも。でも、俺に二人の間を入る余裕なんてなかったし、おそ松が怖かった節もある。

「……ね、こんなの」
「しー。静かに、騒ぐとバレる」

冬場と言えど、こんな密室のような場所でふたり窮屈に押し込められるような体制を強いられていれば、自然と汗も出てくるものだ。彼女の首筋はほんのり汗ばんでいて、ふわりと甘い香りがした。
唇をそこに押し付けて、吸い付く。それをするたびに彼女の口からは小さく息がもれていく。
自分でも分かっているほどに興奮していた。

「ねぇなまえ〜……あっ、そういえばカラ松の靴もあったな。二人で何してんの?」

「……ん、ふ……っ」
「なまえ…かわいい」

ずっとおそ松兄さんの手元にあるものだとばかり思っていたから、こんなチャンス二度と逃したくない。
俺ならなまえのことを幸せにする自信がある、泣かせたりもしない、彼女がいやだとおもうことは全て俺が消すくらいの覚悟はしている。

腹部に這わせていた手で、彼女の胸に触れた。初めて触れた好きな女の子の胸という感触や、柔らかいそれに頭が真っ白になる。下腹部が熱い。

「ね、お願い…ねぇ」
「駄目だ。とまんない」

なまえの細くて柔らかい手が、俺の骨ばった手に添えられて阻止される。まぁ力なんて入っているようで入っていないけど。

「カラ松くん……ねぇ」
「ん?」
「…ねぇ、お願いだから」

もう少しだけ我慢してくれ、そう言って俺は行為をやめない。
こんな狭い空間で最後までできるかな、なんて考えながら彼女の服の中に手を入れて柔い肌を堪能する。女の子って、こんなに柔らかくていい匂いで、気持ちがいいものなのか。純粋におそ松が羨ましかった。

「ねぇ、随分楽しそうなことやってんね!」

おそ松の声と、真っ暗だった場所が急に明るくなるのは同じだった。眩しくて思わず目を細める。
おそ松は、にっこりとそれはそれは楽しそうにこちらを見つめていた。もちろん、目は笑っていない。

「なまえ、やっぱり来てたんだ」
「……うん」
「カラ松も、いるならいるって言えよなぁ〜」

こんなところえ二人仲良く乳繰り合ってさぁ。そう言ってポケットから煙草を出した。
なまえの肩は小さく震えていて、おそ松はしゃがみ込むと彼女の顎を掴んで吸った煙草の煙を吹きかける。
げほげほ、と彼女が咳き込んだ。

「はい、じゃあ俺も混ぜて再開しよっか!」

ぱちん、と手を叩いて明るくそう言った。
恐る恐る、おそ松の顔を覗き込めばさっきのようなうすら笑いはなかった。


≪ ≫