輪廻の果てまで愛してあげる




ついこないだまで、職場には自転車で通勤していたんだけど、やめた。
理由はサドルにいつもいつも半透明色の液体がついているから。悪質ないたずらにしては毎日手が込んでいるものだから気持ち悪い。
家に帰ればポストには沢山のラブレターと見せかけた愛の脅迫文。書かれている内容がいつも少し違うので、毎日目を通すようになった。まぁ、大概は愛してくれなきゃ死んでやる!だなんて、メンヘラくさいものだから軽く読んでからゴミ箱へポイする。
鍵を差し込んで捻る、そのまま鍵を引き抜いてドアを手前に引けば、開かない。あーーー、もう最悪。もう一度同じ動作を繰り返せば、ぎぎ、と少しドアの軋む音がした後に開かれる。
便所サンダルが乱雑に散らばった玄関の隅で靴を脱いで鞄を置く。今日も大変だったなぁ、なんて呑気に考えながら1Kの小さな部屋をぐるりと見渡した。
散らばるは猫の毛。私、猫は気まぐれだからあまり好きじゃないって言ってるんだけどな。掃除機をかけるにも時間はあまりにも遅いので不快だけど、明日にするか。
ストッキングを脱ぎ捨てて脱衣所へと向かえば、招かざる相手が嬉しそうに立っていた。

「おかえり、なまえ」
「……っ?」
「お風呂は既に沸かしてあるし、僕がちゃーーーーーんっと入浴済みだから。それから、なまえの好きな晩御飯も作っておいたよ」
「…えっと、?」
「あ、入浴した後、湯船の栓抜かないでね」

はい、どうぞ。どこから出してきたのか、私の下着が彼の手には握られている。

「……?」
「お風呂、いつもご飯の前に入るよね?今日は違うの?」
「そうじゃなくて……」
「……あっ。ごめん、猫連れ込んだこと怒ってる?ちゃんと掃除するから」
「そうでもなくて」
「なまえが、僕なんかよりも仕事ばっかりだからだよ」

雰囲気に反してよく喋る男だ。
そいつの手に握られている私物を乱暴にとって、クロッチ部分を確認すれば案の定の結果となっていた。はぁ、と軽く溜息をついて洗濯機の中に突っ込む。

「あの、松野さん…」
「一松」
「……一松さん、サドルの次は人の下着ですか…?」

一瞬怪訝そうな顔をしてから、納得したような表情をして薄気味悪く口角をあげた。

「サドルだと、なまえの子宮に届かないでしょ?」
「……届かなくていいですから」「ねぇ、今日さぁ盛ってた猫が交尾してたんだよね。僕も、なまえとセックスしたい」

腰に手をのばされて、そのまま引き寄せられる。
少し息が荒い一松くんを見て出そうになった溜息を呑み込んだ。腰を撫でていたそれは、するりと下腹部に伸びる。

頭の可笑しな男だ。脳みそはきっと使い物になっていない。
松野一松と言う男は、私の彼氏と言い張るクズニートストーカー。おまけに童貞とくる。童貞のくせにやること成すことがどうかしている。きっとそういう経験がなさ過ぎて色々と拗らせてしまっているのだろう、そんなに早く性行為をしたいなら風俗に行けばいいのに。この前、そう言えば凄く嫌な顔をされて延々と意味深な話を聞かされたので二度とそんなこと言わないけど。

ヘソの下くらいを厭らしく撫でる彼の手首を掴んで振り払った。

「ご飯から先にいただきます。あ、今度一松さんの体液をご飯に入れていればソレ全部猫の餌にするって言いましたよね?守っていますよね?」
「……う、うん」
「じゃあいいです。あと、お風呂。いつもありがとうございます。でも私シャワー派なんで明日から沸かさなくて大丈夫です」
「……わかった」

ご飯持ってくるからそこに座っていて。
さっきとは打って変わった少ししょんぼりしたような表情をしている彼を見ているとかわいそうな気もした。
ちなみに私は、あの人に家の合鍵を渡したことはない。何度も纏わりつくのはやめてほしいと言った。しかし、あの人は聞く耳を持たないし、何よりも大きな勘違いをしているものだからすでに手遅れなのだ。
小さなちゃぶ台の前に座れば、目の前には美味しそうな料理が運ばれてくる。

「……仕事お疲れ様」
「ありがと。いただきます」

適当に美味しそうなおかずを選んで口に運べば、向かい側に座る彼の表情が歪んだ気がした。
これまた、何かあるらしい。






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