エンドロールもいつかは終わる




千年の恋も冷めるというのはまさにこのことを言うのだろう。
彼の口癖の、愛してるぜハニーに顔を真っ赤にしていた自分をぶん殴って現実を見せてやりたい。「お前の好きなダーリンは、別のハニーがいるんだぞ」って。
友人から送られてきた証拠写真ともいえるそれは、どれだけタップしようとも現状は変わらなかった。可愛らしい今時の女の子と仲良く腕を絡めて歩く写真。初めは嘘だと思ったけど、でもやっぱり嘘じゃなかった。
結婚初めに、浮気はした時点で別れるという決まりがあった。私は、それを忠実に守っていたというのに。そして、何よりも彼の事が好きだったのに。心にぽっかり穴が開いたというか、裏切られてこれ以上になく虚しい。

やけっぱちになって、役所に離婚届を取りに行った。帰ってきてからは、家の家事をして、それから荷物をまとめた。
今は離婚届を記入していて、彼が帰ってくるのを待つだけだ。時刻は六時、そろそろ帰ってくるころだろう。
はぁ、とため息をついてやけに騒がしいテレビを観る。タイミングがいいのか悪いのか、それは有名芸能人の結婚報道の話題だった。こんなにも落ち込んでいるときに、人の降伏なんて見ていられるわけなんてなく、速攻電源を切る。

「ただいま、ハニー。いい子にしてたかい?」

切ったのを待っていたかのように、彼が帰宅する。相変わらずのハニー呼びに、ときめくことは二度とないだろう。
いつものように、玄関まで行って「おかえり」なんていって鞄もったり、彼の仕事の話を聞くことはしない。姿勢を正して、私は彼がここに来るのを待った。

「ハニー?帰ってないのか?」
「……」
「あぁ、なまえ!こんなところにいたのか!ただいま」
「…………」
「今日も家事をありがとう、なまえのおかげで……」
「…」
「……?なまえ、体調でも悪いのか?」
「そこ、座ってください」

え?ぽかん、としたまま彼が私を見た。
私は自分の向かいの椅子を指さす。不思議そうな表情をしたまま彼はネクタイをゆるめて、座った。私はそれを差し出す。

「別れてください」
「……え?」
「別れてください、カラ松」

いぶかしげな表情をしながら、彼は出された離婚届を見つめる。

「どうして、俺がなまえと別れないといけないんだ?」
「約束、覚えてるよね」
「あぁ。覚えてるよ」
「覚えてて、破ったの?」
「いいや、やぶったことはない」

きっぱりと言うものだから、イライラは更に積もる。
これでもか、と言わんばかりに証拠の写真を見せる。なんだこれ、と小さく呟いてそれを見た。

「……あぁ、これか。これはな」
「いいわけはいらない」
「言い訳じゃなくてな」
「いいから、もう。長い間お世話になりました。さようなら」

そこの書類、書いて後で出しておいてください。そう言って私は荷物をもって席を立つ。
カラ松はあたふたしたのち、私の手首を掴んだ。離そうと振りほどくにも、力の差なんてものは歴然としていて振りほどくことはできない。

「話を聞いてくれ、なまえ」
「なに?この新しい彼女ののろけ?」
「そうじゃなくて、あのな…俺、松野家次男、松野カラ松なんだよ」
「……次男?」
「そ、そう!俺、実は六つ子の次男なんだよ。あれはな、六男の…」
「嘘つくならもっとましなウソをついてね」

そう言えば掴む手首の力は少し弱まる。私はそれを見計らって振りほどいた。そのまま数メートルの廊下を通って玄関へと向かう。彼は、本当に違うんだ!、話を聞いてくれ!だなんて今更弁解を始める。
おそい、全てが遅い。まず浮気している時点でそういうつもりだったのだろう。
パンプスを履いて、ドアノブの握る。

「叉後で必要なモノは取りにくるから捨てないで」
「捨てない!」
「なるべく、カラ松がいないとときにいくようにするから」
「すっ、す〜、捨てないでぇえええ!」

それ俺じゃないんだよ、トド松なんだよ〜!俺本当に何もしてないんだってば!、わんわんと泣き始めて、私の足首を掴んだ。
捨てないで、捨てないで。何度もそう言って縋るカラ松はさながら園児の様。
なまえが出ていかないって言うまで離さないからなぁ!、そういって顔をぐちゃぐちゃにしながら泣くのだった。
泣きたいのはこっちなのに。浮気されて悲しいのはこっちなのに。好きだったのに、なのに。
カラ松が泣いているのを見ると、こちらにも移ってきて視界がぼやける。鼻の奥の方がつん、としていて目頭が熱い。

「捨てないで、はこっちのセリフだから…」
「……ぐずっ、本当にトド松なんだよ!!俺はなまえしかいないからっ!手を繋いだのも、キスしたのも、エッチしたのもなまえだけしかっ…!」
「うそ、ばっかり…」
「ほんと、だっ…だからっ……別れるなんで言わないでぇ〜!!!!」

ぐちゃぐちゃになった顔をぐりぐりと縋る脚に押し付ける。
履いているストッキングは彼の涙と鼻水とでどろどろだろう。濡れる感覚がした。










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