罪は私に非は君に




実に悲しい話である。
僕の気持ちは彼女によって否定されたのだ。馬鹿だな、僕ほどに君を愛してくれる人なんていないってのに、それでも彼女は俺の事を拒み続けた。何がいけないかなんて考えるだけ馬鹿らしいと思う、俺はいつだって完璧なのだ。彼女が僕を受け入れる体制ができていないだけ。
僕に非はない。
そう考えていたあくる日、俺は警察に呼ばれた。何かしたっけな、と不思議に思いながら行くと何やらストーカー被害が俺の名前で出ていたらしい。厳重注意と、今度近づいたら逮捕ものだとくぎを刺されて帰された。どこでその情報を手に入れたかは知らないが、家に帰れば兄弟たちは微妙な顔つきで俺を見る。

「カラ松、法に触れるのはやばいって」
「まぁ、サイコパスだから仕方がないよね〜」
「……クソ松にそんな趣味があったとは」
「やきゅう?」

皆各々で好き勝手に俺を罵る。俺は正直そんなことどうでもよかった。でも犯罪者になるのは、ごめんだ。それは自身の今後の人生に大きく影響を与えるのは目に見えていることだし、両親や兄弟に迷惑はかけたくない。
でも、俺は彼女のことが好きだ。気持ちを受け取ってもらえないのに憤りを感じる。好き、を表現することはこんなにも悪いことなのか。俺はただ、彼女の役に立ちたくて彼女の好きを俺にも向けてほしくて、それだけだったのに。
アプローチ方法は何も間違えていないはず。ただ初めて彼女に会ったあの場所で待機して、彼女が喜びそうなものを買って、彼女が仕事帰り遅くなるときは一緒に帰った。それだけ。
残念なことに、俺の頭は昔から出来がよくないので、これ以上の工夫の凝らし方なんて知らない。でも、この行為はもうできないけど、彼女の傍にはいたい。それが叶わないならせめて彼女の記憶に一生残っていたい。それが最悪な形であっても。
こまったなぁ、そんなことを考えながら鏡に視線を飛ばす。見えるはいつも通りナイスガイな俺の姿で、それは何も変わりはしない。

「……あ、そうか。こうすれば一生記憶に残るのか」

ぐるり、視線を鏡から周りに移せば見えるのは似たような顔が五人分。
そうすればよかったのか、いい方法が見つかったぞ。さっきまでの憂鬱な気分はどこへ行ったやら、今は最高に気分がいい。最近マミーから貰った小遣いを確認して家を出る。
玄関で靴を履いていたとき、後ろからおそ松兄さんが「あんまり変なことはするなよ」と妙に優しい声色で言った。
分かっているよ、と返して外に出る。俺の足取りは軽い。


地方から上京をして何年たっただろうか。やっと多忙な生活に慣れてきて、仕事も上手くいき出したころに妙な男に出会った。
きっかけは些細なことだったと思う、彼のポケットから落ちたタオルを拾って届けただけだ。それ以上のことは何もなかった。彼にとってそれは嬉しかったのかは分からないがそれから彼の熱烈なアプロートが始まった。毎日私の後をついてきて、あくる日にはポストに何やらものが入っているのだ。やめてくれ、と何度お願いしても彼は聞く耳を持たなかったので最近警察に相談した。取り合ってくれないかとも思ったが意外に話はスムーズにいき、そして今は今までの事が嘘だったかのようにめっきり止んだ。
法の力恐るべし、とも思いつついつもの日常に戻ったことに安堵する。

とある日の週末、久しぶりに休みが取れて家でのんびりしていた。
特に何もすることがないって、こんなにも幸せなんだな。と一週間忙しくて溜めていた洗濯物を干していたとき、ピンポーンとインターフォンが鳴る。
はい、と短く返して玄関へと向かった。そういえば最近、ネット通販で服を買ったんだっけ。それかもしれないな、そう考えた私は引き出しから印鑑をもって、チェーンと鍵を外して扉を開けた。

「お疲れ様で……あ」
「こんにちは〜、なまえちゃん」

ひらひら、と楽しそうに手を振る彼は、ついこないだまで私を悩ませたあの彼だった。
でも、明らかに様子が違う。それから、同じ顔がいつつもあるのだ。なんてことだ、とパニックになった私は扉を閉めようとする。すれば、それは見事に黄色いパーカーの彼に阻止されてしまった。

「なんで、って顔してるね。あのね、俺はカラ松じゃないから!」
「……?」
「俺達六つ子なんだ、凄いでしょ」

けたけた、と赤いパーカーを着た彼は笑う。
何しに来たんですか、そういう意味を込めて睨めばさっきまで楽しそうに笑っていた彼の表情が一変する。そうして私の両頬を片手で掴んで、ぐっと力を入れた。

「カラ松さぁ、意識不明の重体なんだよねぇ」
「……は?」
「なんでだと思う?」
「……そんなの、しらないっ」
「自殺だよ、自殺。遺書が残っててね。…ってまぁ、まだ死んでないんだけど」

は、自殺?ぽかん、としている私に彼の手の力は一層籠る。
痛みで顔が歪んでくのがわかった。

「でね、俺ら遺書見るわけよ。…なんて書いてあったと思う?」
「……それ、私に関係あります?」
「おおあり!みょうじなまえちゃんのせいで死ぬってそれだけ書かれてたの」

……は、間抜けな顔をする私をみて紅いパーカーの彼は楽しそうに笑った。
どうして私が悪いみたいな雰囲気になっているのか、全く理解ができなかった。そもそも被害にあって困っていたのは私の方である。文句を言いたいのは私の方だ。そう言えば、彼は至極冷たい声色で、そんなこと関係ない。と言った。

「関係ないって、なんですか……」
「こっちは、命の瀬戸際にいんの。意味わかる?」
「勝手に死んだんじゃないですか」
「……このクソアマ」

紫色のパーカーの彼が、私に拳を振り下ろした。
ちかちかと火花が散るような感覚と、それからあたった部分が熱を持つ。じわり、と涙がにじんでくるのがわかった。

「僕は一生、あんたのこと忘れないからね」
「ちょ、一松。手をあげるのはよくないよ。この人の言うのもある意味正論だし」
「自分のせいで死んでるのに、関係ないは無責任でしょ」

とりあえず、病室行こうか。そう言って手を引っ張られる。
嫌だ、と振り放すにも力が足りず半ば強制的に靴を履かされて家を出る。

「あー、あんまり俺らに逆らわない方がいいよ。あんまりカラ松のこと悪く言うんだったら、このこと君の会社に報告してもいいんだからね」

その一言に頭から一気に冷や水を浴びせられた気分になった。掴まれた腕に力がこもる。
ぽろぽろ、とあふれる涙に同情してくれる人なんてどこにもいない。
仮にカラ松くん、が意識を戻していつも通りの生活をしても、万が一彼が死んでしまっても私はこの兄弟たちに付きまとわれて罪の意識を覚えながら生きていくことになるのだろう。
私に一生居座るカラ松くんは、もっとも賢い人だと私は思った。彼の策略に見事はまってしまったと思いながらごしごしとあふれる涙を袖口で拭った。


(俺がなまえのせいで、死んでしまったとなれば兄弟は酷くなまえを責めるだろう。すれば、彼女の罪の意識と共に俺はいつまでも彼女の中に居座ることができる。彼女の傍にいれないなら、これくらい……。)





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