愛、愛するとは | ナノ

▼ 偽善の何が悪いいうの
なまえちゃんはクラスでは全く目立たない大人しくドジな女の子だった。
人見知りではないけど、あまり人と仲良くするのが得意でないのだろう。真面目さが仇になるタイプだとクラスの女の子達が彼女の話をしている中で思った。
皆はそういうけれど、僕は彼女のことが好きだった。顔も別によくも悪くもないし、皆は見てないけど彼女はとても優しいのだ。猫が好きらしくよく校舎裏でお弁当の余りをあげているのを僕は知っている。一松兄さんと仲良くしているのを何度かそこで見かけた。

今日も校舎裏で彼女のそんな行為を見ようとスタンバイしていればなかなかに来ないことに気づく。……そう言えば彼女は日直だったか。朝からせっせと提出物を回収したり連絡を確認する姿を思いだしながら、教室へと戻った。

案の定、彼女は教室にいた。やっぱり要領が悪い。いまだに一生懸命に日誌を書いているようだった。僕が真ん前に立っても気づかないほどに集中している。どうしてこんなに集中しているのに要領が悪いんだろう、彼女と向かい合うようにして椅子に座る。

「ねぇ、なまえちゃん」

僕が名前を呼ぶと彼女の肩は大きく揺れた。大きな瞳は不安げに僕を映す。

「日直お疲れ様、遅くまで大変だね」
「う、うん……」

彼女はついさっきまで黒板を消していたのだろう。セーターの裾口が少し白くなっていた。

「黒板消しは掃除当番の人に頼むといいと思うよ」
「うん」
「……」
「……」
「…ところでなまえちゃんてさぁ、一松兄さんのこと好きでしょ」

不安げだった瞳は大きく見開かれた。好きな女の子の好きな子ぐらい普通にわかるよ。そう言おうと思ったけど、やめておこう。
そんなわけないよ、と返してくれるが動揺があからさまに声に出ている。僕は口元をスマホで隠してから少し口角をあげた。

「僕が手伝ってあげようか」
「松野くんが?」
「うん」
「好きなタイプとか聞いてあげられるよ」

べき、と音がなって彼女の握っていたシャープペンシルの芯が折れた。視線は校舎裏に向いている。面白いなぁ。
困ったようにした表情をしたまま、俯いてしまった。泣かせちゃったかな、なんて思い覗き込もうとすれば勢いよく彼女は頭を上げる。

「お願いします」
「いいよー、兄弟だし簡単だよ!」

顔を真っ赤にしてお願いするなまえちゃんは可愛らしかった。


さっきの話は遠い過去の話だ。
結局僕のおかげで2人は付き合ったけど、別れてしまった。
彼女は泣きながら僕に「応援してくれたのにごめんね」と謝ってきた。なまえちゃんは何も悪くないよ、そう言って優しく抱きしめてあげるとふわりと彼女からは甘い匂いが香るのだった。それは今も変わらない。

「トド松くん」
「なまえちゃん、久しぶり〜!あ、そのバレッタ」
「うん、可愛いから買ったの」
「やっぱりなまえちゃんに似合うと思ったんだ」
「ありがとう、嬉しい」

今、彼女の笑顔を見ることができるのは僕だけ。
彼女の恋人になれるのも僕だけ、彼女の全てを把握できるのも僕だけ。つまり、彼女の全てを支配するは僕だけなのだ。
あの後もなまえちゃんは何度も何度も人を好きになった。その度に彼女は僕の所を訊ねてきて恥ずかしそうに相談するのだ。僕は一度も突き放すことなく、親身に相談に乗り手伝う。それは今も変わらない。でも彼女の恋が実ることはない。
彼女の柔い指に自分のを絡めてゆっくりと歩き出す。なまえちゃんの顔は綻ぶばかりだった。
そんな時、ふと対抗方面から僕と似たような顔の人が映る。あぁ、まずいな一番合わせたくなかった人だ。
その人はすれ違いざま、僕と彼女を見ると目を見開きそれからチッと小さく舌打ちをした。なまえちゃんは申し訳なさそうに下を向く。

「……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ごめんね」
「いいよ、大変だったもんね」
「…そんな私は。トド松くんこそ……ごめんねいつもいつも」

泣いてしまいそうな表情を僕に向ける彼女はやはり可愛らしい。
僕だけのなまえちゃんにしてしまいたかった。学生の頃からずっとずっとなまえちゃんのことが好きだった。なのに、なまえちゃんってばよりによって僕の兄を好きになった。いっそのこと他人を好きなってくれればよかったのに。相談なんてのるわけないじゃん、付き合わせる気も協力する気もさらさらなかった。
なまえちゃんの片思いで終わればよかったその気持ちも、一松兄さんは似たような気持ちをなまえちゃんに向けているものだから、悔しくなって全部全部ぶち壊してやったのだ。
そうすれば彼女は泣きながら僕に縋りつく。そのときに僕は考えた、一生このままこうやって僕だけに頼って生きていけばいいのだ。僕だけのなまえちゃんでいてほしいんだから。
一松兄さんのときに限らず、僕は彼女の恋を実らせるふりをしては裏で工作を重ねて、なるべくなまえちゃんが傷ついて別れるように仕向けた。そうすれば、彼女は次第に自分に自信をなくし、僕に縋り続ける。

さっきの様子だと一松兄さんは色々とわかってしまったのだろう。あの人見かけによらずロマンチックな人だから、もしかするとなまえちゃんに未練が残っているかもしれない。なまえちゃんも今や僕一筋と言えど人の気持ちなんて絶対なんてことはない。
そうなってしまえば、監禁してやろう、それから僕好みに調教して……。

「トド松くん?」
「ん、あぁごめんねちょっと考え事してた」
「そっか」

あの時から変わらないなまえちゃんの笑顔に胸がときめくのだった。

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先人の知恵型(あなたは私の生徒だよ型)

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