愛、愛するとは | ナノ

▼ そんなと、わかってはいた
マフィア

おぼつかない足取りで進む彼女の足首を狙って一発。
まぁ、自分で言うのもなんなんだけど、うまいこと狙ったところにあたった。
彼女はバランスを崩して、ぐらりと倒れる。俺はつかつかと歩み寄って、脚を押さえながら逃げる彼女を仰向けにして、腹部に跨がった。彼女は痛みに耐えるような表情をしている。俺が撃って、俺が彼女を傷つけたのに、ちくちくと胸がいたい。
なまえちゃん、と名前を呼べば、いつものように目元が緩むのがわかった。彼女の額には汗が流れている。それを優しく、拭ってあげれば、ありがとう、とか細くて掠れた声が聞こえた。ごめんな、そういって俺はいつものように頬を撫でてあげる。

俺は胸元のポケットから、もう一丁銃を取り出した。さっき、彼女の脚を撃ったものは、もう要らない。ぽい、と適当なところに投げ捨てた。冷たいコンクリートには、彼女のきれいな髪の毛が扇のように散らばっている。俺は、彼女のこの綺麗な髪の毛と、白い肌が特に好きだった。

「ねぇ、なまえちゃん。好き」
「うん」
「でもさぁ、仕方ないよね、これも。だって、俺ら一般人じゃないもん」
「うん」

銃を持っているほうの、手を掴んで、彼女は自身の額へと発泡口を向けた。
彼女は怖がっていないこともないんだと思うんだけも、俺なんかよりもずっとずっと、今の状況を理解していて、自分の置かれた状況に納得して受け入れていた。

俺はなまえちゃんのことが好きだった、おっぱいはあんまり大きくなかったし、ビジュアルだけでいうなら彼女より可愛い女の子なんて沢山いた。でも、俺が彼女のことを好きになったところはそんなところじゃない。上手く言葉にできないけど、ずっと一緒に居てほしかった、それが出来るなら愛人全員と縁を切ってもよかったし、彼女がマフィアをやめてほしいというのならば、そうするつもりだった。
そして、なまえちゃんはよその組織のスパイだった。上手いこと俺達のテリトリーに入って、色々情報を収集していたらしい。俺は実際見たわけでもないし、その証拠を見つけたのはチョロ松だったから詳しくは知らない。チョロ松は神経質なところはあるけど、十分に信頼するに値するし、なまえちゃんにそのことを問いただせば否定をしなかった。

でも、どうしようもなくて一緒に逃げようと提案した。マフィアとか、そんなしがらみ全部捨てて、二人でどこか遠くに高跳びして、それから小さな教会で式を挙げようと。どんな仕事につけるか分からないし、苦しい思いをさせるかもしれないけど、なまえちゃんのことを悲しませることだけはさせないから。とそう言えば、彼女は首を横に振ってそれは出来ないと答えた。
それから続けて、「おそ松くんが、組織を捨てることなんて出来ないよ」とも言った。

けれども、彼女が俺らの組織にとっては邪魔な存在、排除しなければならない対象であることには変わりなかった。いつものように、慰み者にするか、臓器を売り飛ばすか、逃がしてやることが出来ないのならそうするしかない。
でも、どれもこれも残虐だから、せめてもの思いで、俺はなまえちゃんを殺すことにした。せめて、俺の手で殺してあげたかった。

「私ね、おそ松くんにいろんな嘘ついてた」
「なに?」
「年齢も出身地も家族構成も嘘。……というか、全部嘘」
「…そう。俺は全部本当のことだったよ」
「でもね、おそ松くんのこと好きだったのは嘘じゃない」
「全部嘘なのに?」
「うん」

彼女が更に、額に発砲口を強く押し付ける。

「ひどいなぁ。そんなに俺のことが好きなら寝返ってくれればいいのに」
「そうしたくないわけじゃないけど、あっちにも色々あるから」
「ふぅーん」

彼女は泣かない。
どうしてか、俺が駆け落ちを提案したときも、逃げることが出来ないなら殺してしまうと言ったときも、今も。涙を流すこともしなければ、瞳に涙を浮かべることもなかった。泣いてしまいそうなのは、どちらかと言うと俺のほうだったりする。情けないほどに、ダメだった。今も、少しでも緩んでしまえば、全部零れてしまいそうだった。
額に汗が流れる。

「何か言い残すことは?」
「……特には」
「そう。未練とかないの?フィアンセとかいるなら、遺言伝えておくけど」
「今さっき伝えた」
「……そ」

おそ松くん、となまえちゃんが俺の名前を呼んでから、にっこりとほほ笑む。照れくさかったけど、俺も少しだけ微笑み返して、引き金を引いた。
ぽろり、と涙が零れる。

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女将軍型(恋なんかより大事な物があるよ型)

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