愛、愛するとは | ナノ

▼ 愛なんてあったもんじゃい!
ファンってものは、その相手が全く売れなかったり何かしらの問題を抱えているときも、応援するのが義務なんだと思っている。だから、僕はにゃーちゃんが全く売れなくてライブハウスにも人が全く入っていないような状態の時も、なるべくそこに足を運ぶようにしていた。少しずつ売れるようになって、人が増えていって、沢山のファンが増えてもすることは変わらない。いや、まぁ……古株というか、そりゃあ皆が知る前からにゃーちゃんを知っていたってことで、僕は他のファンとは違うんだぞ!って気持ちはあるけれど、それを言ってしまうのは何だか大人げないかなぁって思うし、だからこそマナーの守れるファンであろうと思った。そうやって、皆の目に触れる回数が増えても僕は変わらずにゃーちゃんのファンだったし、お金が許す限りはにゃーちゃんのライブ代、グッズ代、CD代と色々と費やした。SNSだってチェックして、発言したものは全ていいねをして、影からでも応援していますアピールをした。
そうやって、僕はファンとして立派に義務を果たしてたってのににゃーちゃんってば、なんでこんなことに……。はぁ、と大きくため息をついて求人広告から目を離した。今日は全く就職活動をする気になれない。なんたって気分は最悪だ。
ぱたん、とそれを閉じて、しぱしぱした目をぎゅっと瞑る。
今抱えている感情は、悲しみというよりも怒りの感情のほうが大きかった。彼女にそんなつもりは微塵もないんだろうけど、裏切られた気分だ。何年もずっとずっと、僕の全てをかけていたのに、こんなにもあっけなく壊されてしまうのかと思うと惨めだ。

「チョロ松〜〜、はいこれ!」

ピリピリしているのをあからさまに態度に出しているのに、このテンションだけのガサツ人間はそんなこと構いもせずに、にししと笑ってコンビニで買ってきたであろう三流芸能雑誌のとあるページを見せてきた。
こんなクソ長男でも、僕がいかににゃーちゃんに全てをかけていたかわかっているはずなのに、その記事は案の定にゃーちゃんの熱愛スクープだった。
夜のいちゃいちゃホテルデートだってよ!これは、絶対にヤってるね!
冗談半分で言っているのか、本気で言っているのか。たぶん奇跡の馬鹿だから後者なんだろうけど、無性に腹が立った。僕はそれを、手から奪い取ってから丸めて思いっきり頭を叩く。
本当にテンションだけのガサツ人間!
「ったあ!何すんだよ!」
「死ねっ!」
「はぁ?」
「フッ、やめるんだブラザーたち!喧嘩はみっともないぞ」
「おめーも死ね!」
「えっ……?」

本当にクソな兄二人に、気まずそうにそそくさと外に出た一松と十四松。トド松に関しては、はいはいアイドルオタク乙〜〜みたいな目で僕をみていた。
本当にうざい!全員死ね!そんな気分だった。僕はもう一度、クソ長男の頭を叩いてから居間を後にする。

あんなところにいれば、本当にどうにかなってしまいそうだ。どうにかこの怒りを鎮めようと、行く宛もなくふらふらと道を進んでいく。最近ライブに行ったお陰で、お金もない。はぁ、生きる気力までなくしてしまった。
にゃーちゃんの心を射止めた男性はどんな人なのだろうか。ふとそんなことを考える。
まぁ、でも僕よりもかっこよくて就職もしてていいんだろうなぁ、と思った。なんたって僕はカースト最底辺だから、僕みたいな底辺とは差がありすぎて嫉妬する気にもならなかった。
でも、ほんっっっっっとに、早く別れろ!!!
近くにあった小石を蹴れば、こつんっと女の人の脚にあたった。これはマズいと、とっさにごめんなさいと謝って頭を下げれば、「大丈夫だよ」と聞きなれた声。
は、と思って顔をあげるとそこにいるのは彼女のなまえちゃんだった。片手には野菜やらが見え隠れしている鞄を持っているから、スーパーかどこかの買い出しの帰りなのだろう。
機嫌の悪い僕とは正反対に彼女の機嫌はよさそうで、にこにことした表情で僕を見つめた。

「チョロ松くんは、こんなところで何してるの?」
「……いや、僕は、別に……」

兄弟がクソすぎて、咄嗟に家を出てきたなんて言える訳もなく、ぼくは歯切れの悪い答えをかえした。彼女は、こてんと首を少し傾けてから、へんなのと小さく呟いた。ぱちぱち、数回瞬きをしながら僕を見たように、何かを思い出したのか、あっ!、と大きな声をあげる。

「ね、チョロ松くん!あの、にゃーちゃんなんだけどね!」

残念ながら、彼女はにゃーちゃんのファンではない。僕が、少しだけ教えてあげたくらいで、あまり深くは知らない。でも、僕が観ていたDVDや写真集なんかを一緒にみていることもあったからにゃーちゃんに見覚えは十分にあると思う。だから、今日の朝から延々と放送されているにゃーちゃんの熱愛報道でもみて、「あ!これチョロ松くんが好きって言ってたアイドルだ!」なんて思って、この場でそれを振ろうと考えているんだと思う。
このこ、チョロ松くん好きだったよね?って、そんな切り口で話を振ろうとしてくるのを想像することは難しいことじゃない。ほんの少しましになったイライラが再び沸々と沸いてくるのがわかった。こいつも、結局デリカシーも思い遣りもなにもない、兄弟と同じように僕の心の傷を抉るのだろう。
そう考えるとどうにも我慢が出来なくて、僕は、なまえちゃんの手首を掴んで、乱暴に建物の壁に押し付けた。どさ、と音がなって色んなものがバッグから溢れでている。

「ど、どうしたの?」
「……お前、彼女なのに何でこんなこともわかんないの?」
「ちょっと……なに?」
「そもそも、なまえちゃんが悪いんじゃん。彼女のくせに、魅力を感じないし」
「ねぇ、チョロ松くん」
「にゃーちゃんに目がいかないくらいに、お前に魅力がないのが悪いんだよ」

魅力がない、と何度も言えばそのうち何も言わなくなって俯いてしまった。
悪いことを言ったとは思わない。だって、本当のことだから。
ごめんなさい、の一言も言えない彼女に更にイライラが募って、僕は顎を掴んで無理矢理こちらを向かせる。泣いているのかな、と思ったけどまだだったようだ。

「なんなんだよ……どいつもこいつも……」
「…………」
「ほんっと、うざい」

掴んでいた手首を乱暴に振り払えば、彼女はしゃがんで鞄から溢れたそれらを拾い始めた。僕に何もいわない、なんだかそれが逆に責められているようで不快感が更に募っていく。
はぁ、とわざと大きくため息をついてその場を後にした。

どいつもこいつもデリカシーも気遣いもあったもんじゃない!本当にクソ!全員死ね!!

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世界破滅願望型(こんな世界どうなっちゃってもいいよ型)
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