愛、愛するとは | ナノ

▼ あとにはけない
笑ってあげなきゃ。
ここで笑って、息もできないくらいに楽しそうにしなきゃ。頭では全部分かっているのに、身体はどうにも動かないままだ。強張った表情のままの私に、目の前にいる彼はしょんぼりとした表情を見せた。

「どこか体調でも悪いの?」
「……あ、ううん。違うよ、そんなんじゃない」
「元気ない?」
「ううん、大丈夫!」

ぐっ、と頬に力をこめて望む表情を作れば彼は安堵したように笑った。

「やっぱり元気がいいよね!マッスル、マッスル!!」

彼女、が好きだった新ネタを始める十四松くんを見ているとずきずきと胸が痛い。


「じゃあねー!」
「ばいばい、十四松くん」

夕焼けに消えていく彼を見えなくなるまで見送った後に、伸びる影に視線を落とした。

「……なまえ」
「なに」
「やめれば。誰の為にそんなことしてるの?」

あんたに何がわかるんだ。睨みつければ、そこにいる彼はビビるわけでも困った表情をするわけでもなく私を見つめる。

十四松くんの好きな女の子は訳アリだったらしい。詳しいことは話してくれなかったけど色々と背負うべきものがあるとのことだ。好き同士なのに結ばれない事情があるようで、彼女は少し前に新幹線で故郷へと帰ったそうだ。いつか会おう、の言葉を避けるような別れ方だったらしい。
綺麗で、可愛い、高嶺の花。というのをこの目の前の男から聞いた。笑顔が可愛い、大人しくて優しい女の子とも。全て私と違っていた。視線を彼からそらして、ぽたぽたと、色が変色していくフレアスカートを見つめる。
なんだっていいじゃないか。嘘っぱちだったとしても、それがいつか駄目になるとわかっていても、間違っているとしても。
そうだとしても、私の気持ちは嘘にはならない。十四松が好きだって気持ちは変わらないから。彼が、好きな女の子を追いかけ続けるのが分かっているのなら、一瞬でもいいからこちらにとって素敵な思い出を作らせてほしい。

「あのなぁ、俺はなまえと十四松のことを思って……」
「おそ松にそんなの分かんないよ!!!」

長い間好きだったのは私だったのに、私だったのにぃ…。情けないほどの負け惜しみが止まらない。それは今までため込んでいた気持ちで、その一言をきっかけにして堰を切ったかのようにぼろぼろと本音が漏れ始めた。
醜くて仕方がない本音なのだ。こんなことを言っている時点で、彼女になんて勝てるはずないのに。そもそも、十四松くんが彼女の思い出に縋り続ける時点で、私は勝てないのだ。
ぐずぐずと鼻が詰まって息苦しいのに、それでも涙は止まらない。おそ松は少し呆れたような表情をした後にぽんぽんと優しく背中を撫でてくれた。

「お前なぁ、その恰好やめろよ」
「…煩いな」
「そういう可愛いブラウス、スカート、髪型はな、かわいい子にしか似合わないの」
「知ってるし……」
「お前はさ、らしくていいんだよ。なぁんも変わんなくていいよ」

日頃はパチンカスの競馬野郎のくせに。こんなところで優しく抱きしめられると無性に悔しくなる。
どうせ私は、彼女みたいになれやしないんだ。あいにく可愛さとはかけ離れた生き物であるし、お酒も好きだしタバコだって吸う。可愛くて、大人しくて、優しい彼女とは正反対の生き物だから。
ぐちゃぐちゃのどろどろになった顔をパーカーに押し付けて、ぐりぐりと擦りつけた。いつもならめちゃくちゃ怒るのに今日だけは何も言わない。

「別に十四松のこととか好きじゃないし」
「うん」
「お友達だし、腐れ縁だし……幼馴染だし」
「そう」
「……うそ、やっぱり嘘。好き」
「ふぅーん」

ほんの少し、タバコの匂いがした。

「くっさ」
「はぁ?まずは優しいおそ松お兄ちゃんに感謝だろ」
「妹じゃないし」
「はいはい」

相変わらずツンケンしてるねー。そう言って、ふぅと煙草を吹き出した。

「……で、どうすんの?まだ彼女の真似事続ける?」
「…………、もうやめる。明日、ごめんなさいって謝る。やっぱり出来ないって」
「そう」
「……ねぇ、お腹空いた。何かおごって」
「はぁ?今日はお馬さんの調子悪くてないんだけど」

っていうかお前働いてるんだろ、金あるならお前こそ奢れよ。
いつものおそ松だった、相変わらずのクズっぷりに思わず笑いがこみ上げる。空は既に淡く藍色になっていた。


もともと髪の毛も梳かすのでさえ面倒くさいのだ。スカートなんてちょっぴり恥ずかしいし、そもそも動きやすさが服装においては重要なのだ。
いつものようにニットとジーンズそれからスニーカーで、約束した場所へと向かう。

「あっ、おはよ……?」
「おはよう、十四松。少し話があるの」
「うん」

とりあえず、どこかに座ろっか。そう言って小さな喫茶店に入った。
彼はいつものように、出されたお冷を一気することなくもじもじとした態度で向かい側に座る。

「ね、十四松」
「なに?」
「……ごめんね。もう私、あんなこと出来ない」

本当にごめん、そう言って頭を下げる。
どんな顔をしているのだろう。泣いているのだろうか、悲しんでいる表情なのだろうか。それとも、実は僕も。だなんて笑っているだろうか。色々な表情をしている彼を想像しながら次の一声を待った。
暫くしても応えはない。なにがどうしたってのか、不思議に思い頭を上げる。
そこにはぽかん、とした表情の十四松がいる。

「あ、ごめんね。なまえ」
「うん…?」
「僕、これから用事があるから」
「用事?」
「うん、彼女と会うから。ごめんね、後でもいいかな」

後で埋め合わせはする。そう言って彼は私を見た。
彼女はもういないはずじゃあ、そう言おうとすれば咄嗟に口をふさがれる。

「彼女、色々抱えてるんだ。あんまり悪く言わないで」
「そ、そうじゃなくて……彼女はもう故郷に」
「そうじゃないよ!!昨日もデートしたから、今日も会おうって約束もした。彼女は帰ってなんかいない」

あまりにも真面目に言うものだから、返す言葉もなかった。
いつから、彼が私の拙い真似を本物と思っていたんだろう。十四松がぽつぽつと何かを話し始める。話す、というよりそれはむしろ呟くの方が正しいのかもしれない。初めは周りの雑音で何も聞こえなかったがよくよくこらすと、部分的ではあるが聞き取ることができた。

「……十四松、あのね。それはね」
「本当にごめんね、なまえ!じゃあ、俺約束だから」

至極満面な笑みだった。
ばっ、と突飛押もなく立ち上がりそのまますたすたとレジカウンターを過ぎて店を出ていく。彼女と会うためにまた、あそこに行く。
今から速攻で帰って準備しても遅れるのは確かだろう。ふぅ、とため息をついて私も店を後にした。
夜のうちに洗濯したそれらは、もう乾いているだろうか。

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遺失物奪還型(失ったものを取り返すよ型)


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