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あれから何時間かして、きっとなまえも帰っただろうと思って家に帰ったのだが。俺の予想は見事に外れ、むしろ家にはなまえしかいなかった。

「おかえり、一松くん」
「……他は?」
「わかんない、一人ずつ出かけていって。今、私しかいないの」
「…へぇ」

駆け寄ってきたなまえからは、ふわりといい匂いがした。
さっきまで猫と戯れていた俺のパーカーは猫の毛がついていてよれよれだ。それに比べてなまえの洋服はきちんと手入れがされていて、皺ひとつもない感じだった。そんな大層なものを汚してしまうのは、流石にゴミの俺でも罪悪感を感じるので距離をとろうと肩を掴んで遠くに押しやれば、なまえは少し傷ついた表情をしていた。

「あ、ご……ごめんね」

なまえは、自分のことが邪魔だから距離をとろうと思ったのだろう。しゅんとした表情で謝るのだった。
ごめんと謝らないといけないのは、どう考えたって俺の方だ。
でも、そんな誤解を解く以上に俺はなまえの傷ついた表情にくぎ付けになっていた。今まで見てきたどんな表情よりも、それが一番可愛いと思う。こいつは、へらへら笑ったり、優しさを意味なくふりまくよりも絶対に、こうやって何かに脅えている表情が良いに決まっている。
ゴミを相手するのはやはり苦手なのか俺に対しては常に、よそよそしい反応をすることが多かった。

「……なまえ」
「ん?」
「邪魔」
「…ごめん」
「うざい」
「………ごめん」

言葉を浴びせれば浴びせるほどに、確かになまえの表情は暗くなっていく一方だ。
それをみて、俺はなんだか何も考えられなくて、頭が真っ白で、でも唯一なまえのそんな表情が見たいって気持ちは存在していて。
手首を乱暴に掴んで壁に追いやる。どす、と音がしてなまえの表情が更に歪んだ。そのまま特に何をするわけでもなく、名前を呼ばれても無視をし、ただただ無表情で見つめ続けた。
何分くらいたったか、なまえの瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れてくるのだった。

「ご、めんなさ…い」

謝れとも強要していないのに、涙を流しながら俺に謝ってくる。
なんだろう、この気持ち。なんだろう、この状況。
手で一生懸命に涙をぬぐうなまえに、背中にゾクゾクとする感覚がした。こいつ、絶対こっちの方が可愛い。
気がつけば、そんななまえにキスをしていた。

「……!!」
「なまえ、帰って。邪魔だから」
「……う、ん。ごめんね」

ごめんねしか、言えないのか。
キスで驚いたのか、涙は止まったが表情はぎこちないままに鞄とコートをもって帰っていった。


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