おわり
六つ子の六って数字だけで不吉なのにさらに四男で、四なんて数字を背負う羽目になったから、すでに僕は生まれたときから呪われていたんだと思う。
猫に餌をやろうと、家から出ればあの日置き去りにしたなまえが立っていた。
気まずいというか、うざいというか。こんな昼間から何をしているんだろう、と思ったけどよくよく考えれば答えなんて出ていた。残念、なまえの大好きなくそ松はクソ松ガールズ探しに行ってますよ〜っと。
僕は、僕自身の存在がないものとして、それから僕の中でなまえは見えないものとしてその場を通り過ぎることにした。ボロボロのサンダルの底はすり減っている。風が吹いて、徳用のにぼしの入ったビニール袋ががさがさと音を立てた。僕はマスクを深々とつけてから、何事もなかったかのようになまえの横を通り過ぎようとする。
けど、やっぱりそんなことはできなかった。なまえは僕の名前を呼んでから、ぎゅっとよれよれになったパーカーの裾を掴む。僕は、やんわりと振り払ってから歩き出すけど、なまえは懲りることなく僕の名前を呼んで、後ろをついてきた。
うっとおしい。

「……なに、この前のこと怒りにきたわけ?すみませんねぇ」
「違うよ、そんなことじゃない」
「じゃあなに、僕みたいなごみに付き合ってる暇なんてないでしょ。あ、それともクソ松のいる場所?クソ松なら、」
「ううん、一松くんに用があるんだよ」

僕はマスクを顎まで外してから、振り返って「僕はお前に話なんてないけどね」と言ってから、また歩き出す。いつもなら、それで困ったような表情をして、引き下がるくせに今日はやたらと強気に食い下がってきた。

「私は、一松くんに話があるの」
「ふぅん」
「一松くん」

あからさまに嫌な顔をして、なまえを見たけどなまえは何も言わないし、困った表情も泣きそうな顔にもならなかった。
じゃあ、前みたいに大きな声を出せばいいのかも、と思ったけどこんなに人がいる中でそれはできない。自分のことをごみとは言うけれども、そこまでごみではないのかもしれない。チッと舌打ちをしてから、僕は振り返って荒々しくなまえの胸倉を掴んで、近くの壁に押し付けた。前もこうすればメソメソと泣き始めたんだから、泣いてしまうに違いない。そしたら、その場に放置してやろう。本当によく僕の前にのこのこと表れて、泣かされにくるなんてド変態だ。

「なまえ」
「ん?」
「邪魔」
「……ごめん」
「うざい」
「…………ごめん」

あの時と何も変わっていない、なまえの表情は言葉を浴びせることに暗くなっていく。

「……」
「…………」
「あのさ、」
「あのね、一松くん」

しょんぼりしている顔は少しだけ可愛いのかもしれない。あぁでも愛でてやりたいという可愛さよりかは、可哀そうでそれがとてもどうしようもなく心を揺さぶるというか。
相変わらず、皺ひとつもない綺麗に手入れされた洋服を強く握ってから皺にしてあげる。ぐ、となまえの方に押し付ければ、また泣きそうな顔をした。
結局泣き虫なのだ。

「こんな屑と付き合って楽しい?優越感に浸れてキモチイイ?」
「……」
「確かに気持ちいいよね、屑六人。何をとっても長けたところなんてないし、そんなド底辺見てれば自分はまだまだいけるってそう思えるもんね」
「……」
「でもさぁ、」
「一松くんは!……一松くんは、私がそんなことを思っていつもここに来ていると思ったの?」

服を握っている手に、上から優しくなまえの細くて白い、やわらかい手が重ねられた。

「やっぱり、一松くんは何か勘違いしてるよ」
「……」
「そんなこと思ったことないよ。私はただ、仲良くなりたくて」
「なに、仲良くって」
「その言葉のまんまだよ。私は一松くんと仲良くなりたいの」
「僕は嫌だ」
「……わたしは、ただ一松くんのことが好きなだけなのに……」

好きなだけなんだよ、と小さな声で言われた。
ぞわぞわ、と背中から何かが走っていくような感覚がする。重ねられた手を振り払おうとするも、あの時のようにとても何かとてつもなく、後悔してしまいそうな、対象がはっきりとしない恐怖に襲われる。

「一松くんは、私のことあまり好きじゃないのかもしれないけど」
「……」
「私は、一松くんのこと好きなんだよ……仲良くしたいだけなの」

胸倉を掴んでいる手が、両手で優しく包まれた。にへら、と笑ったなまえの顔はあの時感じたものと同じようにドキドキしているのに、でもあの時のようにもっといじめてやりたいってそんな気分にはならなかった。
うっとおしくてたまらないのに、なのに、ちょっとだけ優しくしてあげたいってそんな風に思った。それが、もっと具体的にはどんな気持ちなのか、それはもうここで明らかになっていることで、でも僕はそれを認められない。
なまえは僕が何もしてこないと思ったのか、一松くん、と優しく僕の名前を呼んでから、優しく、優しく、マスクの上から唇を重ねた。

「それだけ、言いたかったの、ごめんね」

やんわりと、手を離されたからなまえはそそくさと来た道を返していった。僕はしばらく、そこに立ち尽くすしかなかった。


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