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「なまえ?」
「………あ、ごめんね。どうしたの?」
「いや、大丈夫か」

大丈夫だよ、ごめんね。そう言って笑うなまえに押し付けられた俺の私物を片付けていく。
二人で何をやっていたのか。なまえに跨るような体制をとっていた一松に、何を強制されていたのか。聞こうと思うけど聞けなかった。
別に、一松が怖いとかそういうことじゃない。ぼこぼこにされるのはごめんだけど、なによりもなまえの様子がここのところおかしいことが気にかかっていて、もしかすればさっきの出来事も何か深入りをしてしまえば結果的に彼女を追い詰めるのでは。とかんがえたからである。彼女が自分から言わないということは、つまり言いたくないのだろう。そこで俺が深入りしていい理由はない。
彼女は俺に沢山の優しさをくれるから、俺だって彼女に沢山の優しさを返してあげたいのだ。俺だって男だ、女の子くらいリードしてあげたい。
彼女に手を手を差し出せば、少し吃驚した表情をしてから微笑んで手を取る。

「……そこ、」
「ん?」
「……あ、の……そこ、破けてるぞ」
「…うん」

そこ、を指させば彼女はさっきとはうって変わって気まずそうに顔を俯けた。
なんとなく、言いたいことはわかる。一松が関係していることも特に理由はないけど大体把握できた。代わりを貸そうと思ったが、ここは松野家。野郎の人数の方が群を抜いて多い。母のを貸そうかと思ったが、使用済みのは失礼だろう。はて、どうしようか。しばらく考えていれば彼女は気にしていないから大丈夫だよ、と言う。

いや、なまえが大丈夫でも俺が大丈夫じゃないんだ。
角ばってごつごつの手とは反対に、柔らかくて滑らかな彼女の手はほんのりと熱を持っている。

「……いや、その…」
「帰るね」
「でも、その恰好じゃあ」
「少しだけだから大丈夫」

黒いストッキングとは正反対の、白い肌がちらちらと見え隠れするのに欲情しない男なんていないだろう。ましてやそろそろ日も沈んでくらくなるというのにこいつは何を言いだすのか。

「なまえ、なんだか少し変だぞ」
「…へんかな?」
「あぁ、だいぶ変だ」
「そうかな…」

知らんぷりをしようとするなまえに心底腹が立つ。
俺はなまえのことを心配しているっていうのに彼女はそれをひたすらに拒む。自身の心配を受け取ってもらえないことが不満なんじゃなくて、自分のことを大切にできない、今一身の危険を感じてくれない彼女に心底腹が立ったのだ。
彼女の手を振り払って、敗れたそこに指を這わせる。穴の所に爪をひっかけて縫い目に会わせて力を入れれば、ぴりぴりと伝線していくのがわかった。

それはほんの出来心だった。
警戒心を持ってもらいたいだけで、少ししたら「こんなことをされるかもしれないんだぞ」って言ってビビらせて、ここで大人しく待たせておこうと代わりを買いに行こうと思ってた。
けど、今の気持ちはそんなこととは程遠くてどちらかと言うとそんなことどうでもよくて、俺こそまさに欲情する男なのだ。
やめて、と手を伸ばす彼女の両手首を拘束してそのまま押し倒す。

「……皆、なんだかおかしいよ」
「おかしいのはなまえだろう?」
「……そんなこと、」

おかしいことさえもきづいていないのか、彼女の口に舌を沿えて唇のふちを舐める。
いやだと身体をよじる彼女を無視して、内太腿をなぞれば熱い吐息が漏れた。
興奮、しないわけがなかった。彼女のことを女性としてみていないわけではなかったからこそ、尚更。
やだ、お願い。と泣きながら嫌がる彼女に少々の罪悪感を覚えるも身体は言うことを聞かない。このまま行為を続行するつもりでいた。
太腿を這っていた、手を彼女の柔らかい胸に触れる。びくりと大きく肩が揺れるのがわかった。
泣いたって今更止められないし泣きたいのは俺の方だったりする。

「ね、お願い…本当に…」
「ごめっ、も…なんか、止まんない」

ちゅ、ちゅ、ちゅ。と何度も彼女にキスをすればその度に唇を固く閉じられる。

「…お前が、悪いんだからな…煽ったりするからっ」
「……もしかして、カラ松も一松くんと同じことを言うの?」
「…………一松?」

ぴたり、と彼女に触れる動作をすべてやめる。
どうしてここで一松が出るのか。目線を少し下にずらす。

分かりたくもなかった。そんな気持ち知らない。
今更になって、理性が取り戻されていく。彼女の言いたいこと、俺がしたかったこと。それから一松のこと。どろどろぐちゃぐちゃになって俺の所へと押し寄せてくる。
なんてことをしているんだ、今更になって紳士な自分が出てきてそんなことを言いだす。
もうすべてが遅かった。全部全部、もともと俺がどうこうできることじゃなかったことなのだ。
嫌悪感と共に、胃の中からなにやらふつふつとわいてくる感覚がする。
成す術なくぼんやりとしている俺を見て、なまえが精いっぱいの力で俺を押した。ゆらりと視界が揺れる。
ぽろぽろと涙を流す彼女の姿を見ていると色々惜しい気がした。どうして、俺じゃなくて。

「……本当にごめんなさい」

そう言ってぼろぼろな身なりのままなまえが階段を降りていく。
待って、の声も出なかった。







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