少女らは孤独する

「あーー、もう誰かカラ松どうにかして」
「無理だよ、ずっとあの調子なんだから」
「カラ松兄さん、かれこれ半年くらい元気ないね?!」
「まぁ、恋人が急に蒸発したんじゃあねぇ」

相変わらず、二階の窓辺で空を仰ぐあいつをみて僕は溜息をついた。
彼女が蒸発した時点で、結果もこれからのことも全部決まっていたのにカラ松は彼女を探し続けた。
「見つからないからやめろ」「捨てられたのがわからないのか」「いい加減に現実みろよ」
どれだけ沢山残酷な現実を見せつけてもあきらめることは無かった。起きて、ご飯食べて、身支度して、彼女を探しに行って、帰宅して、夕食とって、銭湯に行って就寝する。
カラ松のここ半年のルーティーンはこんな感じ。帰ってくると言ったあの日から、一週間後くらいにあのクソダサいタンクトップで泣きながら帰ってきたのを今でもよくよく思いだすことができる。
おおまかなことはおそ松兄さんに全部聞いたから本人が本当はどういったか知らないけど、あの日以降カラ松の痛い言動が少しづつ減っていくのがわかった。それから涙脆くもなったし、みょうにへにゃへにゃしだしたというか、急にしおらしくなった。

「……ばからし」
「おい、一松。どこかいくのか」
「いつものとこ」

気を付けてなー、おそ松兄さんが漫画から目を離すことなくそれを言う。
分かってるってば、気を付けるも何も僕みたいなゴミどうにもなんないって。そんな言葉を呑み込んで便所サンダルを履いていつものところへ向かった。


どぶくさい道を進んでいけば、にゃーんと鳴く声とそれから人が蹲っているのが見える。

「……ここ汚いんだからやめなって」
「ごめん」
「謝んなくていいから。なに、今日はどうかしたの?」
「……何にもない」
「そう」

ずるずると壁に凭れ掛かるようにしてしゃがんでいる彼女の横に、僕も同じような体制をする。
彼女の目は少し紅く腫れていて、叉泣いていることを表していた。
こいつもこいつで馬鹿なんだよなぁ、なんて言葉を昔なんどもこいつに言って聞かせたんだけど、どこかの誰かさん同様話を聞かない。しかもこいつは、自分で手放しておきながら後悔や泣き言ばっかりいうもんだからなおさらたちが悪い。

にゃんにゃん、喉の方を撫でてあげれば嬉しそうにごろごろと鳴く。可愛いなぁ、なんて僕の人生において数少ない癒しに満喫しているときに彼女はさめざめと泣き始めた。猫を撫でていない方の手で優しく彼女の頭を撫でてあげれば、涙の量は一層に増えるだけだった。

「待ってるよ」
「……いまさら」
「僕の予想は、早ければ早いほどいい」
「どういうこと?」
「やめたほうがいい、焦らすのは。引き返せなくなる」
「無理…今の方が」
「随分似た者同士だね」
「……一松くんには言われなくないなぁ」
「僕は見た目だけ。中身とか根本は全く違う」

本当に一緒にされるのはごめんだよ、そう呟けば彼女は少し笑って、こうやって優しくしているところもよく似ているよ。と言った。涙声のくせに笑うなんてどんな心境なのだろう。

僕が彼女と出会ったのはこの顔のおかげというか、この顔のせいというか。
よくある誰かと顔を間違えられるあれだった。彼女は僕を見るや否や脅えて謝りだすし、僕もなんのことか分かってないし。そもそもそこは商店街だった。
周りの人の好奇の目とか、僕のなけなしの世間体とか。いろいろなものが晒されて、いやでも彼女のことが忘れられなかった。
ここで、恋におちると思ったでしょ。残念。こいつ、誰かさんと似てるから絶対に好きにならない。しかも彼女が僕をおびえている理由も面白くない。
つまり、僕は彼女にとって都合のいい何かでしかないから僕はコイツに恋愛感情を持つことはない。

「……なくのやめなって」
「泣いてない」
「はいはい」

ぽろぽろと溢れる涙を親指でひとつづつ拭っていく。
それでも量は減らなくて、いっそのこと目を押さえつけてやりたかった。

「……昔、キスしてもらったの」
「ん?」
「泣いてるとき、キスしてもらったの」
「僕にもしろっていってるの?」
「……今度猫カフェ奢る」

しょうがないなぁ。ぐずぐずな彼女の表情をみると、やっぱりアイツを思いだす。
いまごろアイツもそんな表情をしているんじゃないだろうか。猫と戯れるのをやめて、彼女と向かいあわせになるように向き合う。それから両頬を手で押さえてあげれば、そっと瞳を閉じた。
これが俗に言うキス待ち顔。
彼女の柔らかい、形のいい唇を軽く舐めてから自分のを押し付ける。ふに、とした感触だった。

「……一松…と…?」
「……あぁ、一松となまえ」
「……なまえ、何やってるんだ?」

あ、タイミング悪すぎ。
この世の全てが終わったかと思った。彼女は目を白黒とさせている。
僕だって意味が分からない。なんでカラ松がこんなところにいるんだよ。ここは僕しか知らないような場所なのに。僕は慌てて彼女から距離を持つ。なんだよ、キスなんかしなくたって少し待っていればダーリン来てくれたじゃん。
ぱっぱと埃をはらって、そこを後にする。
もう手遅れだけどね。


「……なまえ探したんだぞ」
「………っ」
「無事でよかった」

彼はそういうと、私を抱きしめた。
勝手に出ていった女なのに。何も言わずにカラ松のこと捨てた女なのに。それでも探してるなんて馬鹿なんじゃないの。ここでそう言えばきっと彼は怒るだろう。
だから言わない。言えない。

「…帰ろう。心配したんだ」
「…もう、わたし」
「気にしていない。……随分薄着じゃないか。帰ったら風呂に入ろう」
「……やだ」
「やだじゃないだろ」
「だって、優しくされたら……」
「俺はもう、なまえを離さない。どこにも行かせない。俺もなまえから離れないし、どこにもいかない。これじゃだめか?」

口約束はあてにならない。くらい言えればいいのに、口は縫い付けられたように閉じている。声も出そうと思っていても、ひゅひゅと息が漏れるだけだった。