ごきげんよう、不幸な王子様

永遠、なんてものがないから人間それが欲しくなるのだろう。
でも、ないものはないのだ。ないものねだりは空しくなるだけなのをよくわかっているから、私はそれ以上を望まない。
始まりがあれば必然的に終わりもあるということはこんなちっぽけな20数年の間でも痛いほどにわかっていた。それも更に、人間には終わらせる側と終わらせられる側ってものもある。私は常に後者で、どれだけ泣きつこうが喚こうが、死ぬと連呼しようが結局すてられる空しい立場なのだ。

少し肌寒くて目が覚める。どうにも喉がカラカラで、水を飲もうとベッドの横に置いてある500mlのペットボトルを手に取る。上半身だけ起こしてそれをぐびぐびと体内に押し込んでいけば、自然と目が冴えた。時間は午前五時。人が起きるには少し早いんじゃないだろうか。でも、どうにも目が冴えて眠れる雰囲気ではなさそうだし。と、これからどうしようかと悩んでいればふと、隣で眠る彼の寝顔が目に入る。
気持ちよさそうにだらしなく口を開ける彼の寝顔は、いつもの凛々しい表情とは少し変わって、可愛らしくあどけないものだった。ふわふわな彼の髪の毛を少しだけ撫でる。今日は同じシャンプーを使ったはずなのに少し違うように感じた。
ふにふにと頬をつついてみても彼が起きる気配は一向にない。あぁ、なんだかじれったくなってきた。ちゅ、と触れるだけのキスをする。

彼の優しい所が好き、彼の包容力が好き、彼の私の我儘に困ったように笑ってくれるのが好き、彼の痛い服装が好き、痛い発言が好き、セックスするときの慈しむような視線が好き、セックスが終わった後のだらしなく嬉しそうな寝顔が好き。
彼が好き。
私は、カラ松が好きで好きで好きでしょうがないのだ。もし仮に、これは運命だと言われれば私は迷いなく信じるだろう。来世、なんてそんな曖昧不確定なものを信じるつもりもないが、それでも彼がそれを信じるというのなら期待くらいはしてみたい。

そしてこれは、最後の恋になるだろう。
彼の底無しの愛情を受けていれば、この上ない幸せをもらえる。私は今日も幸せだ、愛しているというのを身をもって体験することができる。でも、その分この愛の終わりを想像する機会が一気に増える。
愛なんてものも、曖昧不確定なものなのだ。今日、愛していると言ってくれたからと言って明日も変わらないのかと言えばそうではない。
彼の愛に溺れるたびに私はそれを生きがいとして生きていた。もう、今更それをとられてしまえば生きていくことなんでできない。
そんなことを言えば、きっとカラ松は困ったような表情をみせるだろう。そんなことをしたいわけじゃないから。
私は沢山愛を、笑顔をもらっているのに、彼には何一つ返してあげていない。

ちゅ、ちゅ。と瞳に、頬に鼻に、キスを落とす。そうして柔い唇にキスを落とした。
それでも彼は起きない。最後に分厚い胸板にそっと手を当てて鼓動を聞けば、とくとくとキチンと鼓動はしていたので死んではいないだろう。
彼が起きないように、そっと布団を出れば、何も身にまとっていないこともあってか、体が一気に冷える。そこらに散乱した下着やら衣服を拾って、それを身に纏う。これが最後だから、黙って彼のパーカーを着た。ぶかぶかなそれからは彼の匂いがふんわりと香る。
それだけで十分、本当はそういうのもいけないんだと思うけど私の最後の我儘を聞いてほしい。
鞄に貴重品があるのを確認してから、こっそり音を立てずに家を出た。



ぱっちり、目を開けると天井は真っ白だった。
それから少し肌寒い。服を着ようかと起き上がれば、彼女がいないことに気づいた。それから、俺のパーカーもない。
コンビニかどこかで何か買っているのだろうか。そう考えた俺は、とりあえずパンツとズボン、それからオーダーメイドのタンクトップを着て彼女の帰りを待った。

彼女の優しい所がすき、少し我儘な所が好き、本当は寂しがりやな所が好き、あげればきりがないけど、全部全部好き。こんなクソニートな俺なんかでいいのかと思うけど、それでも俺なりに彼女を愛していきたいと思う。
彼女は俺が、好きだと気持ちを伝えると酷く嬉しそうに笑う反面少し悲しそうな顔をする。俺はあまり賢くもないし口が上手いわけでもないから、十分に彼女に愛が伝えられない。少し、心配になる。
それでも、俺は彼女が好きだ。手放したくない、ずっと隣にいてほしい。そうやって言えば、彼女は少し驚いた表情をしてから笑ったっけか。
なんて云々、彼女のことに色々と思いを褪せて居れば、スマホに着信が入る。おそ松兄さんからだった。珍しいな、タバコ買ってこいかな?なんて考えながら電話に出る。

「あー、カラ松?」
「どうした、おそ松兄さん」
「今どこ?」
「どこって……、別に。どうかしたのか?」
「いいや、いつまでほっつき歩いてんのかなぁって。一松が心配してるぞ」

は、そんなんじゃないし。と奥の方で弟の声がした。

「そうか、じゃあ今日は帰ろう。少し待っていてくれ」
「ん、まぁ何か用事があるならいいけど」
「いや、いい。今日は帰る。少し待っていてくれと一松に伝えてくれ」
「だってさ〜、よかったねぇ一松くん」
「なにか、買って帰ろう。欲しいものでもあるのか?」
「あ?酒」
「一松だ」
「……あー、猫缶だって」
「わかった」

彼女のことは兄弟には告げていない。なんだか気恥ずかしい気もしたし、彼女も同じ気分だろうから。
なまえにも、一度家に帰ると伝えよう。と電話をかけるが、少し呼び出し音がなってから無機質な女の人のアナウンスが聞こえた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上…」

かけ間違えかな。一度切ってもう一度かけても、出るのはなまえじゃなくて無機質なアナウンスだけだった。何が、どうなっているのか。時計を見れば朝の10時。
昨日の夜には確かにいたのに。とうに冷えてしまった布団に軽く触れた。

あれから何日待っても彼女が家に帰ってくることは無かった。