恐怖の下宿人に育てられたタイプの長男

ぺちん、と乾いた音がなってからじんじんじくじくと左頬に熱がこもっていくのがわかった。そこを軽く指でなぞると、目の前にいるカラ松くんははっとしたような表情をしてから私の手を包み込むようにして自分の手を同じように頬に触れた。

「す、すまない」
「……」
「どれだけ苛立っていても手をだすのはよくないよな……」

まるで頬が痛いのはカラ松くんみたいだ。今にも泣きそうな顔をしてから私のことを抱きしめた。それからもう一度「すまない」と謝る。
何も悪いことなんてしていないのに、カラ松くんは私に何度も何度も謝った。もう大丈夫だよ、痛くないよ、私こそごめんねと謝っても悪いのはなまえじゃないとばかり言って、私のことを離そうとしなかった。それが抱きしめたまま離さないのか、抱きしめたまま離せないのかはわからない。
もういいよ、と言った私にカラ松くんは一層泣きそうな顔をしてから「嫌いにならないでほしい」と言った。それから一層強く抱きしめる。それが本当に言いたいことで、こんなにも勝手に責任を感じて謝る理由だとすぐに分かった。私は腕をそっとカラ松くんの背中にまわしてから、ぽんぽんと背中を撫でてあげた。

「嫌いにならないよ」

そんな簡単なことで嫌いになったりしないのに。そう想うとなんだかちょっぴりカラ松くんがかわいく見えた。

「俺はなまえが心配で……」
「わかってるよ」
「だから、もうアイツとは二人で会わないでほしい」

俺たちもなまえとあいつが二人で会うことがないように配慮をしよう。そう言って頬をもう一度撫でた。
彼奴、なんてひどい言い方だけれどもその人とカラ松くんは兄弟(正式には六つ子)である。カラ松くんはその人のことを全く話してくれないけど、十四松くんとトド松くんが教えてくれたには、その人はおそ松くんと言って六つ子の長男らしい。昔は一緒に暮らしていたのだけれどもいろいろあって一時期離れ離れになってしまったらしい。それが、ここ数日前にふらりとここに帰ってきたらしい。チョロ松くんは「今まで長男っていう場所に居座ってたのに急に横取りされたから腹が立つんじゃないの?」なんて求人広告を見ながら面倒臭そうに言ったけれども、私はそうは思わなかった。逆に一松くんが「おそ松兄さんと何かがかみ合わないから仲が悪いんだと思うよ」と言ったそっちの方が何だかしっくりきた。
私がそのおそ松くんにあったのは仕事帰りの夕方で、前に家に来た時にカラ松くんが忘れていったものを届けに家にお邪魔したときだった。何度か声をかけてインターホンを鳴らしてみたけれどもなんの反応もなくて帰ろうとしたときに、「はぁい」なんて声が遠くから聞こえた。
金髪の髪の毛が夕日に映えてきらきら輝いていた。紙袋を持ってそれに見とれる私を見ると、おそ松くんは口角をあげて目を細めてから「誰に用があるの?」と尋ねる。それに、はっとした私はカラ松くんの名前と、紙袋を渡す。

「あぁ、カラ松の言ってたハニーってなまえちゃんのことなんだ」
「?」
「へぇ、仲良くお泊りしてお熱いね」

あんなクソ痛いのにも彼女ってできるんだ。とそう言ってから私の手から紙袋を取ってヒラヒラと手を振った。それをぼんやりと見つめる私の目には確かに、きらきらと輝いている金髪が目に映っていた。
私がおそ松くんと話をしたのはこれが最初で最後だったりする。そのやり取りをカラ松くんはどこで聞いたのかは知らないけど、知るや否やこうやって今まで見たことないようなほど怖い顔をしてから手をあげたのだった。



この頃は日中は暖かいのに朝晩は冷えるからちょっとだけ苦手な季節だったりする。ちょっとだけ分厚いカーディガンを羽織ってアパートに帰った。帰りがいつもより遅くなって疲れていて、家に帰ったらすぐにお風呂に入って眠るつもりだ。
ちょっぴり冷たい風が吹いて、くしゃみが出そうになった。電灯でかろうじて薄暗くなっている道を抜けてアパートに向かう。
ポストを確認して、階段を上ると私の部屋の前で何か黒いものがおかれているようだった。

「あっ、なまえちゃんじゃん。遅かったねぇ」
「おそ松くん?」
「そ、おそ松くんだよ」

どうやら、黒いものはうずくまっていたおそ松くんだったようで、吸っていた煙草を足元に置かれているビール缶に押し付けるとおそ松くんは立ち上がった。

「カラ松に出てけって言われてさぁ」
「喧嘩したの?」
「う〜ん、わかんない。喧嘩ってより殴り合い?」

ほら、と言ってからおそ松くんは口元の切り傷と目の上の青あざを指さした。

「ね、だから手当してよ。ついでに家にもとめて」
「……」

俺結構コスパとかいいよぉ、呑気にそういってからおそ松くんは私の手を握った。
カラ松くんのことはどういう意味であれど好きだし彼が、おそ松くんに会わないでほしいとそういうのならなるべくはそうするべきだと思う。けれども、そんなこと十分に分かっているのに私はおそ松くんに握られた手を振り払えなかった。
鍵を開けてから、おそ松くんに「どうぞ」とだけ声をかける。おそ松くんは目を細めて口角をあげるだけの笑いかたをしてから「ありがとう」とそういって狭い玄関の壁に私を押し付けた。それから、がちゃんと鍵の締まる音がする。

「いいの?俺泥棒かもよ」
「ダメ」
「じゃあ入れちゃダメじゃん」
「だね」

おそ松くんは、へんなの。とそういってからぺろりと唇を舐めた。