これの続き



試合が近くて延長をかけている野球部や吹奏楽部の練習姿も見えなくて、辺りはほとんど真っ暗だった。保健室に来てほしい、と書かれたそのメッセージを確認して俺は、校舎一階の一番奥にある保健室にむかう。ひたひたと歩いていけば、保健室の扉は小さく開いていた。
なまえのことを呼んでも、返事がない。調子が悪くなって眠っているのかも、そう考えた俺は特にノックをすることもなく、そこに脚を踏み入れる。

「……あ、松野来た?」
「……?あれ、」
「ベッドの一番奥、来て」

なまえの声は聞こえなくて、代わりに俺と同じ苗字の保健医が俺のことを呼んだ。保健室にあるベッドは三つ。それの内の一番奥ということは、最も廊下側から遠い入り口から対角線上にあることの事だろう。と俺は、電気を手探りで探して、ぱちりとつけてそちらに向かい、一つだけ閉められているカーテンを開けた。

「……?」
「ほら、お待ちかねの彼氏が来たよ」
「な、なんでこんなことに?」
「……さぁ?松野のフィアンセに聞いた方がいいんじゃない?」

なまえのそんな姿を知っているのは俺だけのはずなのに。
なまえは、ベッドで随分と乱れた格好でぐったりと横になっていた。ベッドの脇の事務椅子では、松野先生が脚を組んで座っている。

「ちゃんとアンタの口から説明したほうがいいと思うよ。カラ松くんと付き合っているのが松野先生にばれて、脅されてセックスさせられたって」
「…は、それは本当なのか?」
「うん。おまけに、随分善がってたしね。男子高校生に調教されてるってとんだ変態」

ぎしり、とベッドのスプリングが軋む音がする。俺は、靴を脱いでベッドに上がってから、横たわるなまえに跨った。あの人の言っていることは本当なのだろう、俺がつけた覚えのないその跡は胸元、首筋、あらゆるところに残っていた。
俺が、高校生で、彼女が先生なのがいけないのだろうか。俺が先生よりも、年上だったら、同じ年だったら、こんなことにならずには済んだのだろうか。そうだったとしたら、もう、現状自体が不利だと思った。歳の差なんて、どうしようもないことで、それは俺も、なまえも何かしらの思いがあって負い目を感じていたことで、これから向き合って行かないといけないことだったのに。年上だから、先生だから、と俺に何も甘えてくれないなまえはきっと、それだけのことでぎりぎりなくせに余裕ぶって、俺も、どう背伸びしたって彼女に並べなくてどうすればいいか分からなかった。
白いシーツに散らばるなまえの髪の毛を掻き分けてから、優しく頬を撫でてあげればやっぱり、そこはぐっしょり濡れていた。

「カラ松くん……ごめんね」
「い、いや……」
「ごめんね……」
「その……俺、考えたんだ。高校卒業したら、働くから…だから、結婚しよう。それまで待っていてほしいんだ」

歳の差なんて、立場の違いなんて、問題だと思うから問題になるわけで、好きになったものなんてどうしようもないし、そんなに大きく騒ぎ立てることなのだろうか。彼女は、俺だけをえこひいきしていい成績を付けてくれるなんてことはしないし、日常の学校生活ではいたって他人を装っている。その時は、俺は生徒だし、なまえはと先生だ。ちゃんと守っている、誰にも迷惑をかけていない。
好きなだけなんだ、幸せにしてあげたいだけなのに。

「……な?必ず幸せにするから、少しだけ待ってくれないか?」
「……」
「……」
「……別れよう、カラ松くん」

目の前が真っ暗になった。この気持ちをなんと名付ければいいのだろうか。どろどろした、今までずっとどこか奥底に閉じ込めていたような感情が溢れて止まらなかった。


「あっあっ、だめっ…やぁっ、んくっ」
「っ、クソ」

あぁ〜、まるで僕が台無しにしてしまったようだ。あんなに綺麗で、美しい、純粋であったはずのあの人と松野の恋は、僕のせいで忽ち、醜く、汚い、独占欲の塊と変わってしまった。あぁ、でもこの場合変わってしまったというよりかは、もともとはそんなドロドロした感情だけで構成された関係を美しくみせていただけに違いない。
松野は、年下であることに負い目を感じていて、この今高校生に犯されているセンセーは、自分が年上であること、それから教師と生徒という関係であることを悩んでいた。彼女も、女の人であるから、松野と幸せになりたい感情もあったに違いないけれども、それ以前に彼女は教師であるから、だから別れを選んだのだろう。確か、松野はバスケがしたい、かなんだかそんなことを言って将来のことを考えていたと誰かが言っていたのを思いだした。勉強の方は全くもって駄目だったと思う。そんな将来の希望があったというのに、自分のせいで諦めるようなそんな発言をされれば、それは確かに別れようとも言われるわけだ。でも、松野は今は彼女をモノにしたいが一心で、それしか頭になくて、もしや俺に盗られてしまうんじゃないかなんてことで余裕がない。だから、別れようだなんてどうしようもなくなったのだろう。
孕ませてでも、自分の元につなぎとめておくつもりか。
結局そんなもんなんだと思った。

「今更ッ、こんなことにまでしておいて…別れるだなんて、そんなこと」
「ごめん、ごめんなさい、でも…カラ松くんが、そうするのはおかしいって」
「幸せに、したいだけなんだ…優しくしたいだけなんだ」

なんだ、その言動の不一致。言ってることととやっていることが全く違うじゃないか。
はっ、と鼻で嗤ってから僕は組んでいる脚を逆にする。彼女は苦しそうに肩で息をしてから、胸元にキスをする松野から逃れようと体をよじった。

「ちょっとキスして触られたぐらいでぐしょぐしょになるようなのに、これから俺なしでやっていけるのか?」
「ね、ねぇ……やだっ、ううっ」
「セックスを見せるだけで黙っててくれるなら、見せればいいじゃないか」

かわいそうだ、とんでもないものに好かれてしまっているらしい。とんでもないもの、に僕も含まれるわけだけど。
あと、セックス見せるだけで黙っててあげるなんて一言も言ってないけどね。まぁ、それはゆっくり二人がよろしくしているところを見せてもらってから考えるか。