班長 ドン トド松視点 六つ子が働いている(!) ドン≠班長


なまえちゃんは、日ごろはとても大人しくて優しいかわいい感じの女の子なんだけど、お酒を呑むとちょっぴり性格が変わってしまうところがある。そもそも、お酒をあまり呑まないタイプで飲み会とかも飲んでると見せかけてあまり呑んでないみたいな、そんな感じ。あまり得意じゃない、というけれども付き合いの長い僕から言わせてみればお酒の味がそもそも好きじゃないとか、下戸とかそういう感じで苦手なわけじゃない。むしろ、なまえちゃんはお酒が好きだし強い方だと思う。
なまえちゃんが好んでお酒を呑まないのは、飲むと酔ってしまうまで止まらないことと酔ってからが彼女にとってとってもつらいこと、それから僕に迷惑が掛かるからだと思う。一番最後の理由にかんしては、もっともだと思う(正直面倒くさい)けれどもでも仕方がないことだとも僕は思っている。
会社の飲み会で、なまえちゃんはここ数年ぶりにべろべろに酔っていた。千鳥足で、自分の家じゃない方向に行こうとしていたり、電車ホームに落ちてしまいそうだったし、とりあえず危なっかしくて仕方がなかったから、本当に仕方がなく僕は彼女を家まで送っていくことにした。
すっかり人がいなくなった夜遅い電車に乗って冷たい風がぴゅんぴゅん吹く改札口を抜けて、なまえちゃんの住むマンションの近くの住宅街にいた。べろんべろんのなまえちゃんの肩を組んで、とりあえず家のほうに進む。いつも甘いいい匂いがするのに、今日はアルコールのにおいがしている。

「もう少しだけどいける?」
「いけない……」
「はいはい、もう少しだから歩いて」

ぐすぐすと泣いているなまえちゃんの目の周りはメイクが取れて黒くなっている。

「最近また、なんかあったわけ?」
「ねこ」
「なに、見かけたの」
「うん」

ごしごしとなまえちゃんが目をこすった。
僕の五人の悪魔のうち、上から四つ目闇人形一松兄さんは、ブラック工場で最終名誉班長をしていた。一松兄さんは僕にとって兄(正式には六つ子)で、なまえちゃんにとっては彼氏にあたる人だったりする。なまえちゃんみたいなカースト上位にいそうな女の子が、あんななんちゃって闇人形カースト最底辺で脱糞ばっかりする一松兄さんと付き合っているのかは詳しくは知らないけど、本当の一松兄さんはとてもまじめでノーマルだから、そこに惹かれてだと思う。あと、なんかたまにすごくあざといときあるし。
さっきも言ったように一松兄さんはブラック工場っていってなんかよくわかんないけどやばいところで働いていて、三日お風呂に入れない、トイレは共同でおっさんと間接ケツするようなそれはそれは劣悪な環境で、何を作っているかそれは誰にも言えないっていうようなやばいところで働いていた。なまえちゃんは、暇さえあれば一松兄さんの住んでいる寮(一松兄さんが勤務している工場とは少し離れているところにあるらしい)に行ってご飯を作っていたり、掃除したり、洗濯をしたり、とりあえずまぁ、ラブラブだったわけである。
でも、突然一松兄さんはいなくなった。
いなくなった、というより工場自体が跡形もなく消えていたのである。話を聞いている限りだと、工場の支配人がやばい奴だとか、そもそも人に何作っているのか言えないやばいやつ、工場の支配人に呼ばれた奴は誰一人として帰ってこないとか、そんな話がある時点でこうなるかもしれないとは思っていた。
なまえちゃんはとっても一松兄さんのことが好きだったし、一松兄さんもなまえちゃんのことをとても大切に思っていたからよほどショックみたいだ。一松兄さんの消息がつかめないままのなまえちゃんは、お酒を呑むと必ずぐすぐすと泣きながら一松兄さんのことを言うのだった。

「一松兄さんは帰ってくるから、だからちゃんと歩いて」
「前もそう言って帰ってこなかったぁ」

あぁ、もう面倒くさい!面倒くさいけれども、僕も心配していないわけではないしなまえちゃんが一松兄さんのことをどれほど好きだったのかは話から嫌というほど想像できたから、こうしてさみしがっているなまえちゃんを一人にすることなんで出来なかったりする。
なまえちゃんは随分やけっぱちになっているようで、僕に全体重をかけるようにしてくるから、ずるずると引きずるような感じでなまえちゃんに肩を貸しているようになっている。

「一松くんだ…!」
「ちょっと酔いすぎなんじゃないって、えっ?ちょっと!」

するりと僕の腕を振り払って、なまえちゃんはふらふらとした足取りで街頭に照らされているアパート前のごみ置き場へと走っていった。それから、ぐしゃりと座り込む。
随分悪酔いしているな、と思いながら僕はなまえちゃんの声をかけようと近づけば、なまえちゃんの手を伸ばす先には人がいた。
白いごみ袋に埋もれているその人の服装もまた、白かった。紫色のワイシャツはところどころ黒くくすんでいて、それで破れている。投げ出すようにして倒れこんでいるその体制になまえちゃんは小さく「一松くんだ」と言った。

「一松くん、自分のことごみって言ってたから……」
「そっくりじゃん」
「寒いよね、ごめんね」

その男は、本当に一松兄さんにそっくりだった。なまえちゃんは頬に着いた煤のようなものを指で払ってから、意識のないその男を抱きしめる。

「トド松くん、運ぶの手伝って」
「え、でも」
「お願い」

男の身なりは、汚れてはいるのもののとても高そうなものばかりで、ズボンには赤黒いしみが飛び散るようにできていることからきっとわけありなのだろうと思った。そして、見た目はひどく一松兄さんに似ているけれどもこいつはきっと一松兄さんではない。本当によく一松兄さんに似た、きっとどこかやばい奴に違いない。
それを分かってるのかはしらないけどなまえちゃんは「一松くん」と名前を呼んで優しく髪の毛を撫でている。
きっとこの人が目を覚ませば別人だってわかるだろうと僕は考えて、あえて反対もせずなまえちゃんのお願いをきくことにした。